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2022.04.06 2023/05/31

産業医に聞く「大人の発達障害」
働く人と人事・上司・同僚が知っておきたいこと【後編】

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産業医に聞く「大人の発達障害」<br> 働く人と人事・上司・同僚が知っておきたいこと【後編】

診断自体が難しいとされている「大人の発達障害」。

フェミナス産業医事務所代表・石井りな先生は企業や就労者から発達障害についての相談を受けているとのことで、編集部では、ご相談の特徴や、当事者・企業側の課題について知るべくお話を聞かせていただきました。
発達障害は個人差が大きく、対応も千差万別。前編では、「発達障害=生活障害」ということで、それぞれの特徴や個性を活かせる就労適応環境が用意できれば、職場での問題を最小化でき、人材の活躍にもつながるとお話いただきました。

ダイバーシティを意識した組織づくりを目指す企業にとって、発達障害やグレーゾーンの人材を活用する上での課題はどこにあるのか、引き続き、お話を伺いました。

※前編記事はこちら

職場内でよき理解者が一人でもいれば、周囲の理解も広がる

石井りな先生/オンラインで取材しました

編集部:前編の内容で、「管理職になったときに適応できないケースがある」と伺いましたが、こういう場合はどうすればいいのでしょうか?

 

石井:会社の体制にもよりますが、本人が現状を辛く感じていて、異動や役職変更を希望している場合には、マネジメント規模を縮小することはできないか、次の人事異動のときに配置換えできないかと、会社側に働きかけています。もう少し細かいところでは、部下とミーティングをする機会を固定化したり、評価する項目やケアする項目を具体的に挙げたり、マネジメントを構造化することで対応しやすい環境を作ることもできます。

 

編集部:人材に余裕がない、少数精鋭の会社はどうすればいいでしょうか。

 

石井:周囲への理解促進のために当事者と一緒に勉強会をしたり、時には主治医を交えながら、本人にとって必要な配慮を決めていく会社もあります。ただし、全ての職場に相談できる産業医や主治医がそばにいるわけではないので、職場環境の中で一人でも本人の特性を解ってくれるよき理解者、周囲とのコミュニケーションを時にサポートしてくれるうな、よき通訳者がいると働きやすくなります。

 

編集部:理解者の存在は、当事者にとっても心強いですよね。ただ、理解し難い問題にぶつかったときはどうしたらいいでしょうか?

 

石井:本人なりの考えがあるはずなので、まずは話を聞くようにしましょう。「この前の行動は私にはなかなか理解できないけど、どうしてだったのか理由を教えて欲しい」といった感じで話を聞くことで、行動の背景が分かってきます。その上で、それが仕事として受け入れ難いと判断される場合には、「こないだのような○○な時は、今後はこうしたほうが上手くいくと思うよ」、などとできるだけ具体的に伝えるといいですね。少しづつかもしれませんが、事例性(職場で問題になる事柄)を解消していけます。

ご本人のことは、産業医よりも普段一緒に働いている職場のみなさんの方がよく知っているはずなので、問題に感じる事柄はできるだけそのままにせず、解決に向けて本人と話し合う姿勢を大切にしてください。そうは言っても、直接言いづらいこともあるかもしれません。そんな時は産業等に相談してください。どのように関わっていくと本人に伝わりやすいか、本人が取り組みやすくなるか、産業医が一緒に考えていきます。

編集部:コミュニケーションを重ねることが大事なのですね。

 

石井:「生まれつきの特性だから変わらない」とおっしゃる方もいますが、それは違います。根底に同じ特性を持っていたとしても、置かれている環境や一緒に働くメンバー、仕事の内容や負荷によって、症状の出方は全く異なります。長時間労働で疲れが溜まるとミスが出やすかったり、落ち着かなくなったり、仕事で追い詰められるとイライラしやすくなったり、というのは、多少の差はあれど誰にでも起こり得ることですよね。何よりも環境調整が重要なのです。

環境調整や理解促進が難しいケースとは

編集部:周囲が理解したいと思っても本人がその気でなければ進みませんが、その場合はどうしたらいいのでしょうか?

 

石井:本人の意思がスタートとして第一優先です。本人自ら困っている、改善に向けて意欲があることは大きなファクターで、それらがないと、周囲が理解して配慮をしようとしてもなかなか上手くいきません。本人が自身の特性を受容できていない場合もあるので、そういう場合は、本人の辛さを受容しながら対話を重ねていく時間も必要です。

また、仕事の経験値が少ない若手社員だと、職域環境における自分の特性を理解できていないケースも多いです。どこが苦手なのか、何に困っているか自分でも分からないけれど上手くいかないと、自己理解ができずに困惑して泣いてしまったり…。そのようなケースの場合には、心理テストをすることもありますし、困ったことを日記や手帳に書いて振り返ったり、本人が望めば病院を紹介することもあります。自分の特性を理解しておいた方が、本人も生きやすくなります。

相談したことで支援が上手くいくと、本人にとっても「勇気を持って話してよかった」と成功体験になり、意思疎通がスムーズになって好循環も生まれます。

 

編集部:とはいえ、在宅ワークだと何かと不都合もありそうだなと思います。

 

石井:オンライン会議での様子や成果物での判断になるので、非言語的な情報が伝わりにくいですよね。ですが、空気を読むのが難しい方や、集団が苦手な方、注意が散漫になってしまう方にとっては、在宅ワークは相性がよくて、仕事に集中しやすい環境です。実際に当事者の人たちから聞いていると、突然話しかけられたりすることがなく、大凡1日のスケジュールが見えているので、予期せぬ出来事が少ないし、何かあってもチャット等テキストで考えてから対応できる良さもあるようです。
編集部:そこの感じ方も千差万別なのですね。

 

石井:問題になる事柄やネガティブな点ばかりに焦点が当たりがちですが、誰しもその人にしかない特性や才能があるので、日々仕事をする上で良いところや得意な分野は本人に伝えて、周囲にも産業医にも共有してほしいです。

 

編集部:情報開示はどこまでが多いですか?

 

石井:人事担当者と、直属の管理監督者である上司までが多いですね。身近で理解して欲しい人、配慮してもらいたい人がいるのかなど聞いて、本人の意思を尊重します。ただ、理想を言えば、接する機会は同僚の方が多いと思うので、一緒に働く方々にも知ってもらっておくと、ご自身もより働きやすくなると思いますし、配慮に対する不公平感など誤解を防ぐこともできます。開示する内容についても、同様に本人と話し合いながら決めていきます。

多様な個性を生かすには、相互理解できる環境づくりから

編集部:「情報開示」と聞くと、言いにくいことをカミングアウトするみたいで身構えてしまいますが、組織の中でお互いがフェアに、気持ちよく働けるためには、そうやって自己開示していくことは大事ですよね。障害の有無に限った話では全くなく、さまざまな時間的制約を抱えているなどの場合にも同じことが言えると感じました。

 

石井:そうですね。ご講演や書籍を通じてその温かな診療姿勢に感銘を受けている、青年期精神医学の専門家・青木省三先生(慈圭病院 精神医学研究所所長)のお言葉をお借りすると、「外国の観光地をガイドマップなしで見て回っている旅行者に例えることができる。彼らにはガイド役が必要なのです。」ということです。

外国に行って知らない街を歩いているとき、ガイドさんがいたら安心ですよね。見るべき要所やその歴史や背景、その土地のマナーを教わったり。ガイド役が一人でもできると、とたんに働きやすくなりますし、関わっている当事者も変わってきますよね。一人一人と丁寧に向き合ってこられた先生だからこそのお言葉で、心に残ります。周りの理解なしに、その方の生きやすさは得られにくいのです。

 

編集部:ダイバーシティの話題でも同様の話になりますが、まずは相互理解が必要なのですね。

 

石井:そうです。介護や育児で時間の制約がありながら両立している特性と同じで、生活上の特性なのです。平均からばらつきのあるものを無理に無くそうとするより、同じ職場で個々を受け入れながら、うまく働いていく方が望ましいですよね。今は幸いにも、みんなが同じように働く時代ではないので、お互いを尊重しコミュニケーションを取ることでクリアしていけます。

自然界の紅葉も、一つとして同じ色はなく、多様な色があるから綺麗に見えますよね。会社も色とりどりの個性がある人たちと働いた方が相乗効果が必ずありますよ。

 

編集部:それぞれの特性や強みをうまく育てていける社会にしていきたいです。お忙しいところありがとうございました。

ダイバーシティのお話にもありましたが、どんな制約に対しても、とにかく「相互理解」とそのための「コミュニケーション」が重要。これからも増えていく両立人材の活用にも通じるお話でしたので、社会全体としてもっと理解を深めていきたいですね。

プロフィール

石井 りなさん

フェミナス産業医事務所 代表産業医

千葉大学医学部卒。総合病院にて内科・外科・救命救急を研修。その後、精神科専門病院・メンタルクリニック、リワーク機関にて精神科医として、軽度から重度、休職〜復職まで研鑽を積む。並行して認知行動療法、集団精神療法、力動的精神療法について習得。2010年から産業医として活動。2016年心身双方から働く人のケアを行う九段下駅前ココクリニックに参画。心身双方からアプローチできる医師・産業医であるよう心がけている。現在は、精神科医としてだけでなく、衛生学、労働環境、人事、労働法務にも精通した産業医として、社員一人ひとりの仕事状況に合わせたアドバイスを行う。2022年4月より発達障害専門病院の臨床医としても勤務予定。

文・インタビュー:飯田 りえ

ライター

飯田りえ

ライター

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