女性のキャリアを阻むPMSや更年期症状
企業と個人が今取り組むべきアクションとは?
生涯にわたって働き続ける女性が増え、その活躍がいっそう期待される今、企業にとって女性特有の健康課題への理解は重要なテーマとなっています。月経痛やPMS(月経前症候群)、女性特有の疾病、疲労感や集中力低下を招く更年期症状等への健康支援は、女性たちが心地よく働き続け、能力を発揮するために、いまや欠かせない取り組みです。
とはいえ、いまだ十分な対応に至っていない企業も多く、月経期にみられる不調や更年期症状が障壁となり、昇進辞退や退職を検討する女性も少なくありません。さらに、女性たち自身もからだのしくみや、女性ホルモンについての知識不足を実感しており、女性特有の不調に対して、多くの女性たちが対処できていない悩みを抱えています。
そんな現状を変えるべく、女性の健康にまつわる情報提供・啓発活動を行っているのが、大塚製薬株式会社の「女性の健康推進プロジェクト」です。今回は、当プロジェクトメンバーの小野田敦子(おのだ・あつこ)さんに、個人・企業双方における女性の健康課題との向き合い方や、相談しやすい環境づくりについてお話をうかがいました。
日本人女性が抱えるヘルスリテラシーの課題
編集部:まずは「女性の健康推進プロジェクト」発足の背景について教えてください。
小野田敦子さん(以下、敬称略。小野田):2014年に、女性向けサプリメントの発売に伴い、全国でプロモーション活動を行う中で、女性自身ですら女性ホルモンの役割やライフステージごとのからだの変化について知識が不足していることを実感しました。「もっと早く知っておけばよかった」とおっしゃる方も多くて、製品の販売だけでなく、セミナーやイベントを通して正しい知識を伝えていく必要性を感じたことが起点となっています。
編集部:御社による「女性のヘルスリテラシー調査(2023年版)」(※1)によると、女性特有の健康課題・症状に関して「医療機関などの利用をしていない人」が約6割、「女性ホルモンの役割について知識がない」と回答した人は7割にも上っています。これらの数字をどのように捉えていらっしゃいますか?
小野田:やはり専門家の力を借りた健康状態の把握や知識習得ができていない人が多く、課題として捉えています。10年前と比べると「PMS」「更年期」といった用語はよく聞かれるようになりましたが、健康や医療に関する正しい情報を積極的に得たり、婦人科を定期的に受診したり、行動に移せるようになるにはまだ時間がかかるように感じていますね。
編集部:これは日本社会全体の課題と言うべきか、10代で初潮を迎え、女性のからだになっていく段階で、性教育が行き届いていないこともひとつの要因として考えられるのではないでしょうか?
小野田:そうですね。これまで学校で行う性教育では、成長に伴うからだの変化に対して「恥ずかしいもの」「(話題として)触れちゃいけないもの」という意識が植え付けられてしまう可能性がありました。「月経」についても男女別で指導するケースが一般的だったため、月経がタブー視されやすくなったり、逆に男子が変にからかうような空気ができてしまったり。
そうならないためにも、幼少期から生命の誕生や、生物学的な男女の違いを知識として学んでおくことは重要です。性教育とは、つまりお互いのからだのしくみについて学び、違いを知ること。性教育をしっかり行うことは、大人になってから自身のからだはもちろん他者のからだを気遣うことにつながっていくものだと思います。
(※1)ヘルスリテラシー調査(2023年版)「女性の健康推進プロジェクト」大塚製薬
婦人科受診は不調を感じてからでは遅い……!?
編集部:このプロジェクトで提案されている「新・セルフケア」では、正しい知識を身に付け実践することに加え、婦人科の検診/健診、かかりつけ医による専門的なサポートを推奨しています。かかりつけ医を持つ重要性はどういった点にあるのでしょうか?
小野田:たとえば定期健康診断は、健康な状態だとしても受けられますよね? 女性のからだにおいても、健康な状態の値を、自身の基準としてあらかじめ知っておいた方が変化を理解しやすいんです。特にホルモンに関することは個人差がありますので、変化を時系列で専門家に知ってもらい、不調に対処していくことが大切です。
編集部:婦人科も産婦人科の印象もひとくくりで、妊娠・出産のときや調子が悪くなってから行くものというイメージがありました。健康なときからかかりつけ医には通っておいた方がいいんですね。
小野田:そうなんです。海外だと、月経が始まった段階で婦人科に通う習慣を後押ししてくれる取り組みもありますが、日本の場合はどうしても妊娠・出産のときに行く場所というイメージが強くて、普段から婦人科を受診する習慣が定着しにくいようです。
編集部:仮に更年期の症状が現れていたとしても、日々の忙しさから病院に行くまでもないかなと、つい自分自身で判断してしまうことも少なくないように思います。
小野田:確かにこれくらいの症状で行っていいのかなと、ためらってしまうことはありますよね。でも健康なうちから婦人科を受診し、医師にもからだの状態を知っておいていただければ、どの程度の変化が起きたら治療が必要なのかを、専門家の客観的な目で判断してもらえます。さらに、健康状態が可視化されると自身のからだに興味が湧き、問題点や改善点に対する対処法が知りたくなるので、自然と知識習得にもつながっていくのではないでしょうか。
知らなければ気づけませんし、気づかなければ対処もできません。「正しい知識を知って、検診や健診でご自身の健康状態を知って、医師等の専門家に相談して、正しい対処をする」そのサイクルを回して、ご自身のヘルスリテラシーを高めていっていただければと思います。
職場での“女性特有の健康課題”との向き合い方
編集部:2021年に行われた「働く女性の健康意識調査」(※2)では、約半数の方がPMS・更年期症状について「会社では誰にも相談できない/したくない」と回答しています。働く女性たちがこれらの不調を「人に相談できない」「職場に迷惑をかけられない」と、ひとりで思い悩む状況を改善するには、企業としてどんな働きかけが必要なのでしょうか?
小野田:やはり性別や世代、役職を超えて、女性のヘルスケアを取り組むべき課題として認識することです。われわれの企業セミナーでも、当初は女性を対象にしたものが多かったのですが、最近は男性や管理職の方も参加されるようになっています。セミナーの形式も講義形式以外に、セッション形式での対話を通して、男性側は女性の話を聞いてどう感じたかを発言してもらうことで、自身の考えを整理する機会をつくるなど、さまざまな方法を実践しています。
編集部:とはいえ、特に上の世代の男性にとっては、これまで男性中心社会で生きてきた分、女性の健康課題を支援する職場の動きを疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか?
小野田:そういった声もあるのでしょうが、一方で男性たちはこれまで周りから十分ケアされてきた立場でもあります。メタボ健診をはじめ、男性を対象とした取り組みが中心に行われてきたことに、一部の方は気づいていないのかもしれません。
ただ女性特有の健康課題とは、女性が生物として女性ホルモンの影響を受けてしまうという、避けようのない事実から起きているものです。メタボのような健康課題とは根本的に異なり、食事に気をつければ完全に解決するという問題でもありません。つまり、女性が抱える健康課題は生物としての成り立ちに深く関わっていることを理解してもらうことが必要です。
(※2)働く女性の健康意識調査「女性の健康推進プロジェクト」大塚製薬
働く女性と企業 相談しやすい環境をつくるには?
編集部:これまでセミナーを受講された企業からは、何か良い反応は届いていますか?
小野田:はい。継続してセミナーを実施している企業様もあり、今では女性のみならず男性や管理職の方々にも積極的に受講いただいています。当初は月経や更年期にまつわることが主なテーマでしたが、最近は「働く女性としての課題」をトピックとして挙げ、女性が働くことで生じる具体的な課題を話せる空気感が生まれています。さらに管理職の間にも変化が生まれ、人事部をはじめ、対策を講じる部署の方々も熱心に動かれているので、外部からは素晴らしい取り組みとして注目されているそうです。
編集部:やはり知らないことを「知ること」が大きな一歩なのかもしれません。男性側としても、ずっと気になっていた方も多いと思うんです。うっかり何か言ってしまってセクハラだと捉えられるのが怖くて何も言えないとか、何を言ったらNGなのか、正解なのかが分からないからスルーしてしまう、といったように。
小野田:そうですよね。ただもっとシンプルに考えると、女性ホルモンに関わる問題じゃなくても、働くうえで困っていることって、誰しもきっとあると思うんです。だから変に構えすぎず、「困っていることはない?」くらいの声かけなら気負わずできるかなと思います。
編集部:何か特別な対応を取るというより、その場でのちょっとした配慮が必要なのかもしれません。
小野田:正直、スペシャルなひと言って、ないんです。当人同士のコミュニケーションの中から自然と生まれてくるものなので、その際コミュニケーションギャップが生じないように、女性たちが抱える健康課題について知っておくことはやはり重要です。正しい知識を身に付けることは他者への配慮を学び、相手の心に寄り添うことにつながると思います。それが職場全体の信頼関係を築き、女性たちにとっても相談しやすい環境を生み出すことにつながっていくのではないでしょうか。
企画・編集/小山 佐知子
自らのからだを労わるどころか、ひどい月経痛を“気合い”で無いものにしていた20代前半のこと。仕事においても女性特有の問題を持ち出すことに後ろめたさを感じていたものです。妙な気遣いに違和感をおぼえる一方で、面倒なことを避けるような男性上司のスルーぶりに傷ついていたあのころ。私が求めていたことは過剰な配慮でも、見て見ぬふりでもなく、当たり前にある課題として周りと共有できる空気感だったのだと、今回の取材を通してあらためて気づくことができました。そんな社会の雰囲気が、女性が女性であるまま、備わったからだと付き合いながら自然体で働き続けることを後押ししてくれるように思います。
プロフィール
小野田敦子さん
大塚製薬株式会社 女性の健康推進プロジェクト
「EBN(Evidence Based Nutrition:エビデンスに基づく栄養学)」への強い興味関心から、2004年大塚製薬に入社。女性の健康に関する研究開発に従事。2018年から女性向け製品を担当する部署にて、製品プロモーションならびに、女性の健康推進・女性活躍に関する啓発活動に従事している。「人々の健康への貢献」をモットーに、薬剤師、スポーツファーマシストの知識も活かしながら業務に勤しんでいる。
ライター