山形県小国町は、面積の約9割を森林が占め、美しい自然がありのままに残っている町です。四季折々の魅力にあふれるこの町は、山形県きっての豪雪地帯で、町中心部でも2mの雪が積もります。
そんな小国町に「マルチワーク」を広げるべく、総務省の「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用して移住者の派遣事業を展開するのは、おぐにマルチワーク事業協同組合(以下、おぐマル)。事務局長の吉田悠斗(よしだ・ゆうと)さんは、首都圏の出身ながら、2018年からの3年間を小国町の地域おこし協力隊として活動した過去を持ちます。
自身も移住者である吉田さんに、取り組みの詳細やマルチワークの魅力について、事例を踏まえたお話をうかがいました。
「町の人事部」として
全国から移住者を募り町内事業所へ派遣
編集部:事業内容について教えてください。
吉田悠斗さん(以下、敬称略。吉田):小国町役場と連携して移住者を募り、組合員として参画してくださっている町内の事業所に、「マルチワーカー」として派遣しています。私たちは、当組合の役割を「町の人事部」と捉えていて、町内の労働力不足を解消するとともに、将来的な事業承継にもつながるように進めています。
編集部:おぐマルさんでは「マルチワーク」をどう定義していますか?
吉田:ひとつの仕事だけに従事するのではなく、複数の仕事に同時に携わる働き方です。私自身もマルチワーカーで、当組合の代表理事のほか、シェアハウス兼ゲストハウスの運営や寮のハウスマスター、農家のお手伝いなどをしています。
編集部:現在、何名のマルチワーカーを派遣しているのでしょうか?
吉田:2023年5月現在で6名を派遣しています。
編集部:組合を設立したのは2021年8月。特定地域づくり事業協同組合制度を活用した事例では、東北地方でも早い方だったとうかがいました。
吉田:そうなんです。設立以降、山形県の内外から自治体の方が視察にいらっしゃいます。先日は福島県の自治体から、村長さんと議員さんが10名ほどでお越しになりました。
編集部:2023年6月1日現在、全国90市町村で同制度を使った組合が立ち上げられています。小国町ならではの魅力をお聞かせください。
吉田:「雪が多い町であること」と「山がすぐ近くにあること」です。街中で2m、飯豊連峰や朝日連山のふもとでは5mも積もりますから、雪国の生活やレジャーを楽しみたい人にはもってこいだと思います。
それに、春は山菜採り、秋はキノコ狩りというように、驚くほど豊富な山の幸が魅力的です。
編集部:暮らしにおいて、吉田さんご自身が人付き合いで大切にされていることは?
吉田:当たり前ではありますけど、感謝と恩返しを忘れないことです。人間関係が密なので、声をかけていただいたり、野菜をくださったり、たくさんの心遣いをいただきます。当組合としても、事業を通した恩返しがひとつのテーマですし、そういった意味でも一つひとつの心遣いを無下にしないようにしています。
マルチワーカー第1号は愛媛県から
町内企業に週3日勤務し、夢へと向けた準備も
編集部:実際に派遣しているマルチワーカーの事例を教えてください。
吉田:事業開始当初に愛媛県から小国町に移住した、マルチワーカー第1号の方をご紹介します。
その方は現在、週3日は半導体部品関連の工場で働き、残りの4日間は主にWebライターとして活動しています。県内のメディアで記事を書いていて、当組合HPに掲載する文章を執筆していただくこともあります。3~4年後にWebライターとして独立することを計画しているそうです。
編集部:その方は小国町に何かしらの縁があったのでしょうか?
吉田:小国町在住の知人から話を聞いていたそうです。初めて小国町を訪れたのは、当組合が主催する二泊三日のツアーへの参加で、そこから3ヵ月も経たないうちに移住を決めておられました。
編集部:暖かい愛媛から雪国へ。暮らしに慣れるのは大変だったのでは?
吉田:おっしゃるとおりで、最初は苦労もあったと思います。
当組合では冬の過ごし方に慣れていただけるよう、除雪のしかたやストーブを付ける順番など、生活の基本からサポートしています。一昨年、去年と2シーズンの冬をひとりでたくましく越えられていました。今年からは、私たちが運営するシェアハウスに入居される予定です。
編集部:仕事以外の面でも多様なサポートをされているのですね。
吉田:はい。たとえば、休みの日に一緒に遊ぶこともありますよ。田舎ってコンテンツ化されていない遊びが多いじゃないですか。「あの人のところに行くと山菜の採り方を教えてくれる」みたいに。その地域ならではの魅力を伝えて、暮らしそのものを楽しんでもらうことも私たちの役割のひとつで、マルチワークの魅力の一端でもあると思っています。
編集部:たしかに、その地域を好きになるうえで、仕事以外の時間の過ごし方って大事ですよね。
吉田:そうですね。地方で暮らすうえで、遊びの時間に喜びを感じる人は多いと思います。
「小国町に来て良かった」
地域とのギャップも解消しながら歩みを進める
編集部:これまで派遣事業をしてきて、うれしかったエピソードを教えてください。
吉田:マルチワーカーに「小国町に来て良かった」、派遣先の事業者さんに「マルチワーカーが来てくれて良かった」と言っていただけたことです。両者の満足度を向上させることが私たちの仕事ですから、ふとしたときや面談のときにそういった声をお聞きできるとうれしいですね。
編集部:地方にマルチワークを広げるのには困難も伴いそうです。
吉田:はい。現場レベルで理解していただくには、やはり時間がかかります。実際に過去には、社長さんがマルチワークについて理解していても、現場からするとよく分からず、「週に3日しか来ないなら教えづらい」「来年も働くか分からない人は雇用しにくい」という意見をいただいたこともあります。
編集部:企業の理解を深めるために取り組んでいることはありますか?
吉田:徹底的にマルチワーカーの味方になって、企業に何度も足を運びながら説明をしています。「マルチワークとは何か」「この人は将来的にこういうことを考えている」。そういったことを丁寧に丁寧に伝えて、短期的な関係性ではなくて、将来的に町の事業の担い手になる存在だと理解していただいています。
編集部:事業を始めて1年半、マルチワークの理解について変化は感じますか?
吉田:少しずつですが、町全体で理解が進んでいると感じます。移住者なしでは文化も産業も維持できない現状がある一方で、移住者に戸惑いを感じる人もまだまだいらっしゃいます。10年、15年かかってやっと浸透するかもしれませんが、町を一緒に盛り上げる存在であることを住民の皆さんに理解していただけたらうれしいです。
編集部:地域にスムーズになじむ方に共通点はありますか?
吉田:好奇心や探求心があることでしょうか。地元の人にとって、自分たちの「当たり前」に興味を持ってもらえるのってうれしいんです。山菜やキノコの採り方ひとつとっても、聞くだけで笑顔になってくれるし、優しく教えてくれます。移住者からすると不安はあると思いますが、線引きせずに、興味を持って自分からコミュニケーションを取ることが大切だと感じます。
世界に通用する会社を小国町から
いつかは他自治体と連携した全国版マルチワークを
編集部:現在感じている課題がもしあれば、お聞かせください。
吉田:人材派遣以外の事業をいかに展開するかです。今後4~5年以内に派遣できるマルチワーカーを25人を輩出・雇用する計画なのですが、県のガイドラインで、団体の基準資産に対して派遣できる人数上限が定められています。かつ、この派遣事業は国からの助成金で支出分を補うしくみになっているので、それ一本だと団体としての純資産が維持されるだけで、派遣できるマルチワーカーを増やせないんです。事業の幅を広げて純資産をいかに確保できるかが、当面の課題ですね。
編集部:打開策として考えている事業はありますか?
吉田:視察対応や講演、あとは全国の自治体から問い合わせをいただくことが増えているので、組合設立支援や経営支援ができたらと思い、実際に動き始めています。
いずれは全国版マルチワーク事業を始めたいとも考えているんです。たとえば、春先はスギ花粉が飛ばない沖縄や鹿児島県の離島で過ごして、冬は小国町でウインタースポーツをしながら仕事をする、というような。現状の国のしくみではできないので、総務省を巻き込んで実施できたらと思っています。
編集部:これからの展望についてお聞かせください。
吉田:地域づくり会社のようになりたいと思っていて、25人のマルチワーカーが事業承継を担いながら、町の文化を維持するための取り組みをしたいです。マタギ(伝統的技法を用いて狩猟をする人のこと)やあけびのツル細工など、小国町には独自の文化がありますが、後継者がどんどん減っています。
小国町ならではの産業で生活できる人が増えると、町全体がもっともっと元気になるはずです。最終的には、世界に通用するような会社を小国町から生み出せたらと思っています。
吉田さんは地域おこし協力隊として働いてた当時、農業や観光業、日本酒製造業などに関わり、小国町に古くから伝わってきた多様な文化に触れました。「この町の文化を絶やしたくない」。組合設立の根っこにあるのは、吉田さんにとって第二のふるさと・小国町への思いです。吉田さんの思いを乗せたおぐマルさんの取り組みがひとつの起点になり、自分らしい生き方を実現できる人が増えることを楽しみにしています。
プロフィール
吉田悠斗さん
おぐにマルチワーク事業協同組合事務局長/理事
埼玉県出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、(株)ユーグレナに就職。小国町地域おこし協力隊を経て、2021年におぐにマルチワーク事業協同組合を設立。事務局長(兼)理事として同組合経営をする一方で、個人事業主として空き家を活用したシェアハウスの経営も行っている。地方で人生100年時代のキャリア探求・人間的な豊かさを追求するキャリアコンサルタントを目指す。
ライター