観光庁が令和4年度から実証的に推進している「第2のふるさとづくりプロジェクト」をご存じでしょうか。「何度も地域に通う旅、帰る旅」をコンセプトに新たな旅のスタイルを提案する本プロジェクトは、国内観光の新しい需要の掘り起こしや地域経済の活性化を主なねらいとしています。
どこに住んでいようとも関心を寄せる地域にさまざまな形で関わる人のことを「関係人口」といいますが、第2のふるさとを狙う地域にとって、旅を通した地域のファン獲得は関係人口の創出・拡大にとって大きなカギとなります。
ワーケーションも関係人口の創出に影響を与えるアクションのひとつですが、旅行者の再訪(リピート)が課題だと感じる自治体・地域は少なくなく、自分のふるさとのように「帰りたい」と感じてもらうためには何らかの仕掛けが必要そうです。
今回は、2024年のワーケーションの動向を探りながら、第2のふるさとづくりに必要な要素について考えていきたいと思います。
※この記事は、取材に加え筆者の経験をベースにしているため、ところどころ主観に基づく部分もあります。ご理解の上ご覧いただけるとと幸いです。
ワーケーションのタイプと地域との関わり方
以前の記事で、「個人型ワーケーション」と「企業型ワーケーション」についてご紹介しました。一口にワーケーションといっても、目的や働き方、滞在日数などによって地域との接点の有無や質にも違いが出てきます。まずはワーケーションのタイプについて、以下細かく見ていきましょう。
総務省 関係人口ポータルサイトより
タイプ1:普段の仕事を持ち出す、個人型「旅先テレワーク」
個人で行うワーケーションは、普段からテレワークを行っている人(個人事業主・フリーランス・フルリモートの会社員など)などが滞在先のシェアオフィスやサテライトオフィス、観光地などで仕事をするタイプです。
仕事と余暇どちらを重視するかで「休暇型」「業務型」の違いはありますが、普段の業務や仕事を滞在先に“持ち出し”する以上、効率的に仕事をして余暇はおもいっきり楽しみたいと考える人が多いようです。
個人単位・少人数のグループ単位どちらで実施する場合も、余暇は観光に出かけることが多く、地域との関わりという意味では飲食店やお土産店などへの消費がメインとなります。ワーケーションをきっかけにふるさと納税をしたり再訪すれば関係人口になっていきますが、そうでなければいわゆる「交流人口」止まりになりがちです。
ちなみに私が実践している「親子ワーケーション」はこのタイプに属していますが、子どもの体験や学びの点で地域との関わりはとても大きなポイントだと感じ、関係人口創出との親和性の高さを感じています。本記事では以下の点について触れていきます。
タイプ2:会議や研修などを行う、企業の「合宿型ワーケーション」
温泉地やリゾート地など、いつもの職場から離れた場所で会議や研修、ワークショップを行うのが、合宿型ワーケーションです。職場のコミュニケーション改善やチームビルディングの向上、サービス開発など集中的に特定の成果を出したい場合に活用されます。
参加者はワーケーションをきっかけにその土地を知り、地域の魅力を体験できますが、地域との関わりという意味では宿泊や宴会、観光がメインになるため、交流人口の域を出にくいです。ただし、合宿を通じて新たな事業を立ち上げたりサテライトオフィスを開設することになれば、企業として地域との接点が深まる可能性はあるでしょう。
タイプ3:企業・自治体・関係事業者で取り組む「地域課題解決型ワーケーション」
企業の研修・合宿型ワーケーションの発展版として、滞在先の地域と協働する地域課題解決型ワーケーションが注目されています。地域に出向き関係者と交流し地域課題に向き合うことでビジネスのヒントにつなげたり、地域課題を解決する取り組みのきっかけが見つかるなど、win-winな効果が期待されています。
企業と自治体がメインとなって取り組むため、一過性になりにくく企業と地域のパイプを深めながら関係を深めることができますが、参加者が毎年変わる場合などは特に、個人単位で見てみると関係人口の創出にはつながりにくい部分もありそうです。とはいえ、「会社のワーケーションを通して環境問題に興味を持ち、訪れた先のふるさと納税をした」という人もおり、ケースバイケースではありそうです。
タイプ1〜3いずれのケースも、ワーケーションをきっかけに再訪したりふるさと納税をしたりしない限りは、関係人口とはなりにくく、ファン形成には別の要素も必要そうです。
旅行者の再訪(リピート)意欲醸成に必要な情緒的価値
いち旅行者として再訪を考えたとき、立地アクセスなどの行きやすさは重要だと感じる一方で、観光客の心を動かし心を満たす「情緒的価値」こそが再訪のキーなのではないかと思います。アクセスが良くなかろうが、人は「あの人に会いたい」「あの体験をしたい」と強く思えば行動できてしまうものではないでしょうか。
強烈な感動体験
地域ならではの本物の体験をすること。特別なことではなく、地域の人たちの日常の中にあるもの…たとえば早朝の美しい朝焼けや地元のお母さんが作る郷土料理、地元の人たちなど。そこに行かなければ体感できない自然や文化、暮らしを地元のコミュニティの中で自然に触れることができれば、観光客はその場所を特別だと感じ、SNSで熱心に発信したり、再訪するようになります。
地域が本来持っている要素を付加価値として発揮できれば、唯一無二の場所となり自ずと価格競争から脱することもできそうです。とはいえ、地元の人からすると、当たり前すぎて何が価値になるのか分からないということも少なくないようです。ワーケーションで訪れた人と交流会をするなど、積極的に外側の声を拾うことで地域にとっての自己理解が進んでいくといいなと思います。
ちょうどいい腹八分目のPR
好きなものをお腹いっぱい食べられるビュッフェは魅力ですが、飽きるほど食べるとしばらくいいかな…という気持ちになりますよね。旅も一緒で、一度に詰め込みすぎると再訪の意欲を削いでしまうことになりかねません。
私は自治体などが実施するワーケーションのモニターツアーやファムトリップ(視察旅行)に参加したことがありますが、「ここおすすめです!こっちもいいんですよ!」といろいろな場所に連れて行ってくださることでお腹いっぱいで消化不良になることがあります。何となくその土地を知った気になってしまい再訪のハードルが上がってしまうのは何とももったいないことです。
ワーケーションに精通した方にお話を聞くと、「本当に見せたい名所はあえてモニターツアーに含めないようと自治体にアドバイスをしている」、と話していました。口頭でそのスポットの素晴らしさをPRするに留め「あえて連れていかない」ことで、観光客の期待値をを最大限に高められるのだとか。腹八分目のPRくらいがちょうどいいのかもしれません。
ワーケーションと親和性が高い二拠点移住&地域副業
地域にリピーターが増えると、「第2のふるさとづくりプロジェクト」が描く「何度も地域に通う旅、帰る旅」の実現に近づきます。「知らない土地」がお「気に入りの土地」になり「自分の居場所」になるには、外から訪れる人という立ち位置から、「中の人」へとスタンスが変わっていく必要があります。近年広がりを見せつつある二拠点移住と地域副業を中心に見ていきましょう。
二拠点移住(デュアルライフ)
二拠点移住は、都会と地方、地方と地方とを軽やかに行き来しながら、ひとつの拠点で培った技術や経験、知識、人脈を別の地域で活かす暮らし方です。近年、デュアルスクール(地方と都市の2つの学校の行き来を容易にし、双方で教育を受けることができる新しい学校の形)制度を整える自治体の事例も出てきたことから、単身者やDINKSだけでなく子育て中のファミリーにもこうしたライフスタイルを選ぶ人が出てきています。ワーケーションでの再訪をきっかけに「ここで暮らしたい!」と、移住の前のステップとして二拠点生活を選択する人も私の周りに少しずつ出てきました。
地域副業
都市部に住んでいる人が地元や思い出の地などで副業をする働き方で、「ふるさと副業」とも呼ばれています。スキルアップや経験値アップを希望する人にとって転職や移住もなく副業ができるのは魅力的ですし、労働人口不足に悩む地方の企業や自治体にとっても外部人材の活用は魅力的です。
ワーケーションをきっかけに副業先と出会うこともあれば、副業マッチングサービスを通してつながることもできます。地域副業はダイレクトにその土地の課題と向き合うことができ、報酬を目的としないプロボノでの参画パターンもあります。私の知り合いで子育て経験が豊富なママが子育て後に二拠点生活をしながら地域の子育てサポートをしている方がいて、将来の参考にさせてもらっています。
2024年のワーケーションの動向は?
観光庁では令和6年度の予算に6億1500万円を計上し、新たな交流市場・観光資源の創出事業としてテレワークの普及や働き方の多様化を踏まえたワーケーションの普及・定着を掲げています。
ノマドワーカーなど新たな働き方に対応したワーケーションの実証だけでなく、子育て世代を対象にしたワーケーションのモデル実証が明記されている点、「親子ワーケーション」を実践する私自身とてもワクワクしています。
令和6年度 観光庁関係 予算決定概要より
実際に親子ワーケーションを体験してみると、現地での子どもの過ごし方が限定的であったり、そもそも見つけにくかったり、預け先のコストも課題になったりと実践のハードルを感じることもあります。実践時期も、特に小学生の子どもの場合は学校の長期休暇中がメインになりがちであることを考えると、先に紹介したデュアルスクールの普及も含め、長期休み期間外で実践できるようになれば裾野がぐっと広がると思います。
教育移住はハードルが高いけれど、自然環境の豊かな場所で一定期間過ごしたい…!そう考える家庭は私の周りでも年々増えている気がしています。通常の家族旅行とは違った形で地域に溶け込み、自然豊かな環境で普段とは違った学びを得られる親子ワーケーションは、親にとっても子どもにとっても得ることがとても多く魅力を感じています。
「またあの子たちと一緒に遊びたい」と思えることがその土地を第2のふるさとに感じられることなのでしょう。
【参考】
北海道鹿追町 再定義したワーケーションで、企業とともに地域課題の解決を目指す。
リコーと富良野自然塾が富良野市でワーケーションプログラムを実施
一般社団法人日本ワーケーション協会「ワーケーションの7つのタイプ」
執筆/小山佐知子
ライター