週休3日制導入の先進企業が発信する「社員の健康=業績アップ」に必要なこと
新型コロナウイルスの影響により、今ではすっかり定着した「テレワーク」という働き方。「面倒な通勤時間が省ける」「リラックスした環境で働ける」などのメリットがある一方で、生活習慣が乱れやすく、運動不足に陥る人も少なくありません。慢性的な運動不足は肩こりや腰痛、体重増加を招きやすく、さらには生活習慣病リスクやメンタル面への影響が危惧されます。
このようなテレワーク環境における社員の健康課題が取り上げられる中、近年重視されているのが「健康経営」です。「健康経営」とは、従業員の健康維持・増進が企業の生産性や収益性などのパフォーマンス向上につながるという視点から、従業員の健康管理を戦略的に実践すること。従業員の健康管理を投資と捉え、導入する企業も増えています。
今回お話をうかがう株式会社アジャイルウェアもまた、コロナ禍を機に社員の健康経営に取り組み始めた企業のひとつ。社員の運動不足解消のため開発した社内向けアプリが成果を上げ、現在は同様の悩みを抱える企業に向け、従業員の運動習慣化サービス「KIWI GO」を提供しています。今回は、同社マーケティング部の榊春奈(さかき・はるな)さんに、「KIWI GO」の開発秘話や健康経営の重要性、さらには隔週で週休3日制を導入した同社の働き方についてうかがいました。
コロナ禍、社長の身に起きた出来事がアプリ「KIWI GO」開発のきっかけに
編集部:「KIWI GO」は、周囲との交流を通して運動習慣を後押しするしくみづくりが印象的です。運動で貯まった「コイン」を「ごほうび」に交換できたり、同じ趣味の仲間をマッチングして社内交流を促したり、楽しみながら取り組めることが大きなポイントですよね。そもそもどういったきっかけでアプリ開発に至ったのでしょうか?
榊春奈さん(以下、敬称略。榊):コロナの影響で全社フルリモートに切り替わったのですが、テレワークを開始して3ヵ月経ったころでしょうか。社長の川端の体重が、短期間のうちに10kgも増えてしまったんです。これが社員の健康を見直すきっかけになります。「なかなか声に出してくれないけど、実は健康面で困っていることがあるんじゃないか」と。ちょっとおせっかいなくらい社員のために動いた方がいいという社長の考えもあって、まずは社内の運動不足を解消する福利厚生を開始しました。これが「KIWI GO」の前身となった取り組みです。
編集部:社内ではどのように活用を開始されたのでしょうか?
榊:社員全員にスマートバンドを配布して、どれくらい運動量を確保できているか、運動量の目標値を立てる形にしました。目標を達成したら手当を出すというすごくシンプルなしくみだったのですが、結果的に7割の社員の運動量が増加したというデータが出ました。そこから、私どもと同じような悩みを抱える企業に向けてサービス化を決め、「KIWI GO」を開発しました。
編集部:当初は社内向けに開始されたということですが、社員の反応はいかがでしたか?やはり社会一般でいうと、すべての方が健康に対して意識が高いわけではなく、中には抵抗を感じる方もいらっしゃいますよね。ネガティブな反応も含めた、導入時の社員の温度感を教えてください。
榊:社内導入時にも感じたことですが、他の企業でもざっくり1割くらいの方が後ろ向きに捉えてしまう傾向がどうしてもあります。ただ、そういったときにトップダウンで「君たちのことを考えているよ」「みんなでやろうよ」とメッセージを出していただくことが、ネガティブな社員をも巻き込むきっかけにつながります。やはり取り組むことのメリットや、会社の方向性に共感してもらえれば動いてもらえるというのが私の実感です。それでも難しい方の場合は、自由選択で抜けられる環境を用意して、逃げ道をつくっておくのもひとつの方法だと思います。
健康経営が今の社会に求められる本質的な理由とは?
編集部:「KIWI GO」に対する企業からの反応はいかがですか? 最近は法人向けヘルスケアサービスが増えている中で、サービスを展開するにあたっての障壁についてもあわせて教えてください。
榊:非常に手応えがよく、展示会などを通して多くの問い合わせをいただいております。一方で、企業が心から社員の健康を願い、取り組みに注力できているかについては、疑問が残る部分もあります。というのも、私どもが目指すのは、社員のことを大切に思うクライアント企業とともに、社員の健康をバックアップする環境をつくり上げること。しかし現実は、「他の業務があって手が出せない」「社員の健康はやはり個人で管理してほしい」という理由で、お金を投入してまで解決していきたいという企業はまだ少ない状況です。
編集部:逆に、御社のサービスが響く企業とはどういった企業なのでしょうか?
榊:実際に社内で何かしらのインシデントを経験している企業が、残念ながら多いですね。たとえば社員の突然死を経験された企業は危機意識が非常に高く、サービスも前向きに検討してくださっています。健康経営への取り組みも急がれている印象ですね。一方、人の入れ替わりが激しいような企業の場合は「分かってはいるんだけどね……」と具体的な取り組みにまで及ばないことが多いですね。
編集部:企業視点でいうと、健康経営の最終的なゴールは「生産性向上」「業績アップ」でありながら、そこにたどり着くにはさまざまなステップがあり、時間がかかりそうです。そもそも現場では「個人の健康」と「業績アップ」がリンクしづらい点も挙げられます。そういった中で、健康経営の有効性を理解してもらうにはどうしたらよいのでしょうか?
榊:健康経営の最終的なゴールである「生産性向上」「業績アップ」などの手前には、中間指標となる「ワーク・エンゲイジメント」などがあり、さらにその手前にあるのが「心身の健康」。その具体的な施策が「からだを動かす習慣」です。この点を伝えていくことではないでしょうか。いきなり「業績アップ」を目指してしまう企業は、いかに人件費を圧縮してパフォーマンスを上げていくかという思考になっていて、「ワーク・エンゲイジメント向上」や「心身の健康」に目が向いていない状態だと思います。
編集部:そもそも社員を大切に思う姿勢が、すっぽり抜けてしまっているのかもしれません。
榊:そうですね。今後の日本は生産人口がどんどん減少していくため、長く健康に働いてもらえる環境づくりが重要になってきます。さらに人材確保の点においても、企業価値や採用力を高めていく必要があります。
会社に“大切にされている”と感じられることが社員の貢献意欲を高める
編集部:今回、健康経営をテーマにお話をうかがっていますが、まさに御社が「人を大切にするウェルビーイング経営」を経営方針に掲げられていらっしゃいます。働きやすい環境づくりについて、どのような取り組みをされていらっしゃるのでしょうか?
榊:働き方については、それぞれのライフスタイルに合わせて自由に選択できる環境づくりがなされています。自由度が非常に高く、かつお互いに干渉しない。「これが正」というものがなく、それぞれが自由に決められるうえ、そこに責任を負う必要もありません。加えて、アジャイルウェアの手当は非常に充実していて、初めてお給料をいただいたときはびっくりしました。手当の項目があまりに多くて……(笑)
編集部:どういった手当が支給されるのでしょうか?
榊:たとえば「リモートワークの光熱費手当」や在宅勤務環境の改善のため「リモート環境改善手当」、在宅勤務時のお菓子・飲み物代を補助する「お菓子は1日200円まで!手当」などです。ちなみにこれらの手当は、業務委託契約などのパートナーさんも受けられるようサポートしています。
編集部:やはり会社からの手当が充実していると、社員のモチベーションにも影響してくるのでしょうか?
榊:モチベーションに関わるかどうかは正直まだわからない部分はあります。ただ、「大切にされているんだな」と思っている社員は多いように感じています。何か問題が起きたときでも、会社のために「頑張ったるぞ」と、貢献意欲が高まっている印象です。
編集部:ちなみに働き方に関して、御社は2022年8月より隔週で週休3日制を導入されたそうですね。社長の川端さんが考案されたとか。
榊:そうですね。当初は週休2.5日制を検討していたのですが、「半日出勤だと結局残業して休めないかもしれない」といった声もあって。オンオフの切り替えをしっかり行えるベストな働き方を探る中で、「隔週で週休3日制」の実施に至りました。
編集部:社員の反応はいかがですか?
榊:多くのメンバーは喜んでいますね。第2・第4水曜日がお休みになったことで、平日にゆっくりお出かけができたり、特に子育て中のメンバーは自由時間ができたりして非常に満足しています。逆に働く時間が減って物足りない人にとっても、弊社は副業が認められているので、副業により他の知見を得て、会社に持ち帰ってくることもできますし、空いた時間を有意義に活用できていると思います。
編集部:一方で、業務時間が減ったことによる弊害はありましたか?
榊:業務量に対して、やはり時間が足りない状況ですね。足りない時間を補うため、残業をしてしまうことがあるので、そのあたりの改善が今後求められると思います。将来的には完全週休3日制を目指しているので、今は検証期間として議論を重ねているところです。
編集部:御社のような健康経営への取り組みは、今後ますます求められていくものだと思います。榊さん自身、先進的な取り組みを進める企業に身を置く立場として、どのような動きが企業にとって必要だと思われますか?
榊:もちろんトップの方が意識を変えることは必要です。しかし、逆に現場目線からでも変えていくことはできると思っています。たったひとりでも、それがどんなささいなことであっても、変えたいと思う気持ちが一番重要で、その思いを周りと共有していくことですね。小さな声もいずれ大きなうねりとなって、組織の考え方を変えていけると思っています。企業側も、社員の小さな声をつぶさず拾い上げ、認め合えるような環境づくりができていけば、多様性といったキーワードにもつながっていきますよね。現場の声を「批判」として受け取るのではなく、「ひとつの意見」として認められるだけでも大きな一歩になります。社員は声を上げることを恐れず、企業は小さな声に耳を傾けることが必要なのだと思います。
編集部:そもそも健康経営の前提にあるのは、企業が社員を大切に思う気持ちであり、そういったメッセージが企業と社員の信頼関係を育むことにもつながります。「健康経営がなぜ必要なのか?」を根本から見つめ直すことが、そもそも必要なのかもしれません。榊さん、本日は学びとなるお話をありがとうございました。
個人の健康に対する意識はまさに人それぞれ。プライベートでも家族を思っての行動が「余計なお世話」になることが多々あるので、それこそ企業が多種多様な社員を巻き込むとなると、それは至難の業でもあります。さまざまな意見があって当たり前の中で、もちろん無理に歩幅を合わせる必要もありません。けれど、榊さんのおっしゃる通り、そこで会社としてどんなメッセージを投げかけられるのかが大きなポイントになるのでしょう。それらは企業のスタンスを示すものであり、企業価値に結びついていくもの。まさに健康経営への取り組みによって、ますます企業の真価が問われるのではないかと個人的に感じた今回の取材でした。
プロフィール
榊春奈さん
株式会社アジャイルウェア
株式会社アジャイルウェアのマーケティング担当。「KIWI GO」では営業やカスタマーサクセスも兼任。
社員を元気にしたい企業の悩みに寄り添い、社員の運動不足解消と業務外コミュニケーション活性化をサポートしている。健康経営アドバイザーとしても、健康経営を始めたい企業を支援。
文・インタビュー:倉沢れい
ライター