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2022.05.25 2023/05/31

本当の意味での「健康経営」に助産師がアドバイス
制度だけでは終わらせない、女性社員と家族に向けたサービスとは

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本当の意味での「健康経営」に助産師がアドバイス<br>制度だけでは終わらせない、女性社員と家族に向けたサービスとは

企業にとってますます重要な課題となってくる「健康経営」。
心身ともに健康的に働くための環境整備は企業の責任であること、従業員が健康であることが業績向上にもつながること、この2つの観点から企業が戦略的に健康経営に乗り出しています。

とはいえ、これまでの健康経営は生活習慣病の予防やメタボ対策など、男性基準の対策が中心でした。そこに今は女性活躍という文脈が加わるので、女性特有の健康課題やライフプランを考慮した健康経営が求められています。しかし、現状の制度だけでは女性が抱える悩みに応え切れていないのが実状です。

そこで注目されているのが、女性のライフサイクルに特化した相談サービス「じょさんしONLINE」。「世界中のどこにいても、安心して妊娠・出産・育児できる社会の実現」を目指して、2019年1月にスタートしました。世界各地に14名の助産師が在籍していて、直接オンラインで相談可能。これまでは個人相談やオンライン講座が中心で、メディアにも多く取り上げられてきましたが、2021年7月より法人向けサービスを本格始動。株式会社じょさんしGLOBAL Inc.代表の杉浦加菜子さんに、企業が本質的な健康経営を進めていくためのヒントを伺いました。

自身の海外出産時の苦い経験からスタートした「じょさんしONLINE」

じょさんしONLINE代表/杉浦加菜子さん

編集部:まず「じょさんしONLINE」を展開されたきっかけを教えてください。

 

杉浦加菜子さん(以下、敬称略。杉浦):私自身がオランダで出産したときに、海外まで女性のライフサイクルに関する支援や情報が十分に届いていないという課題に直面しました。また、夫の仕事でオランダに駐在していたので、何事も会社のリードで決まってしまう=自分主体で出産・育児ができないという事態に陥ってしまったんですね。

 

編集部:自分主体の出産・育児ができないというのは?

 

杉浦:オランダで2人目の出産を控えているときに帰国が決まり、出産する場所や、誰と一緒に出産を迎えたいのかを、自分の意志で決めることができなくなりそうになった経験があるんです。助産師として妊婦さんと関わるときに「出産・育児に関しては、どこでどういうスタイルで誰と産み育てるかは、本人主体であることが大切です」と伝えていたのに、その私に選択権がないことに気付いたのです。そのことに非常に憤りを感じました。結局、オランダに残って出産し3週間後に帰国しましたが、ずっとモヤモヤを抱えていて。ただ、企業の方も、周囲の方も、妊娠・出産についてしっかり相互理解する機会がないために起こってしまったことなので、そのギャップを埋めるために「助産師としてできることがあるはず」と一念発起して起業しました。

 

編集部:そういう経緯があったのですね。最初は個人向けではなく法人に働きかけたそうですが、そのときの反応はいかがでしたか?

 

杉浦:一部の人のためのサービスは難しいという反応が多かったです。そのときは確かに何の実績もありませんでした。でも今こうしている瞬間にも、ひとりで孤独な育児をされている方がいるかもしれない…そんな気持ちが募って、個人向けに相談サービスを始めたんですね。半年後にコロナ禍が訪れ、自由に外出できず、病院にも通えない孤立していた妊婦さんたちのために、助産師の相談や両親学校、子育てセミナーの開催をオンラインで重ねてきました。

 

編集部:助産師たちが寄り添ったオンラインサービスとしてメディアでも多く取り上げられましたね。

 

杉浦:今でも7割が個人向けの相談ですが、昨年の夏から法人向けのサービスを本格的に始めていて、助産師として企業にサポートできることを提案しています。

女性社員の健康管理について「何から始めたらいいか分からない」企業からのオファーが

編集部:法人向けのサービスはどういった内容ですか?

 

杉浦:従業員向けのセミナーと相談サービスを提供しています。セミナーでは人事担当の方にヒアリングしながら、目的に合わせた内容を作ります。主なテーマとしては、女性の一生を通じての健康やホルモンバランスのこと、妊娠・出産、更年期、ジェンダーハラスメント、男性育休の話題が多いです。相談サービスは、女性のライフサイクルと妊娠・出産・子育てに特化した内容で、従業員向けにメール相談とオンライン面談を実施します。産業医や保健師との違いは、女性の体にまつわることならなんでも相談可能ということ。妊娠・出産だけでなく月経や更年期、不妊治療からデートDVと言われる内容まで、生活に近いところでの相談を受けられるのが特徴です。

 

編集部:相談先が分からない内容を聞くことができるのですね。実際にどういった企業からオファーを受けられていますか?

 

杉浦:女性の多い企業は自社でノウハウがあり、子育て世帯に向けてしっかり整備されていますので、今は女性が少ない企業で、課題感は持っているけれど、どうしていいか分からない企業からオファーをいただいています。女性とその家族もサポート可能なので、パートナーである男性も相談できるんですよ。これから男性育休が本格化されますが、パパとしてのサポートの仕方とか間接育児の話とか、意義のある男性育休のための情報提供をしていきたいです

 

編集部:ファミリーで支えてもらえるのも心強いです。ちなみに女性のキャリアプランやライフプランの相談もできるのでしょうか?

 

杉浦:キャリアプランまでは伴走できませんが、妊娠を考える時期とキャリアを考える時期は重なりがちです。そんなときに、自分の体について理解できていないと納得できる道を選べなかったり、知らないがゆえに選択肢が限られてきたりするので、助産師として正確な情報をお伝えします。また、助産師にはカウンセリングスキルもあるので、本当はどうしたいのか、自分自身で考えられるように働きかけています。自分の心や体に対するヘルスリテラシーを学ぶ機会が少ないのでその場を提供し、自分のことをまず「正しく理解する」、そこから「選択する」という次のステップにつなげていきます

 

編集部:従業員が納得した選択をすることで、長く働き続けてもらうことができるなら、会社としても大きなメリットにつながりますね。

制度は整ったが制度留まりになっている。働く現場が追いつかない現状

編集部:働く現場からはどんな声が届いていますか?

 

杉浦:人事担当者からは「経営層の指針がはっきりしていないので困る」という声が多く寄せられています。たとえば、ダイバーシティといっても何をどういう方向に向けていくのか、トップからの方向性が示されていない。あとは、制度は整ったのに制度留まりになっているのも課題です。人事としてはどんどん活用してほしい制度も、現場の上司が良い顔をしないので、結局使われないこともあるんですよね。周囲の価値観によって、せっかく整えた制度も使い勝手が悪くなってしまうのです。

 

編集部:そういう企業にはどうアプローチを?

 

杉浦:管理職向けのセミナーが重要です。eラーニングなどでは一方的に流れていってしまうので、「自分ごと」として捉えてもらえる内容に充実させないと、理解は深まりません。その年代の人が悪いわけではないのですが、今の世代が求めていることに応えないと労働人口は減る一方です。「会社の存続のためにも制度を使ってもらった方がいいよね」と感じてもらえるのが大事です。

 

編集部:同僚間についてはいかがですか?相互理解が進まず「子育てしている人だけ優遇されてずるい」みたいなハレーションも起きています。

 

杉浦:自分と他者との線引きが、うまくできていないのだと思います。妊娠や子育てはしていないけれど、病気や介護で休まなければならない状況は、可能性として誰もが持っています。それなのに、「あの人だけ優遇されてずるい」というのは論点がずれています。ただ、出産・子育て、通院・介護などの理由で分けるのではなく、余暇でも副業でも学び直しでも、どんな理由であれ従業員みんなが柔軟な働き方をできるように、会社の中を整えなければならないと思います。

 

編集部:男性育休の話を聞いていても、取得する本人や家族が「ちゃんと戻れるのか」と評価を心配して取得をためらうケースがあるそうですが…。

 

杉浦:現実として育休を取得した人が昇格していないから不安になるのかもしれません。逆に「人事が推進している制度なので、取得しないと評価は下がりますか?」という質問もくるぐらい、現場は不安なのだと思います。制度を安心して活用してもらうためには、「制度を使うも使わないも個人の選択の自由であり、人事評価につながることはない」という経営層の方針を何度も伝え、現場まで届けることが最も重要だと思います。

 

編集部:過渡期ならではの混乱ですね…。制度を本当に活用できている企業というのはどういう工夫があるのでしょう?

 

杉浦:子育て世帯への制度が整っている、子ども服の老舗メーカーなどの話を聞いていて思うのが、トップの指針が現場まで浸透して「風土」として定着していることです。だからこそ、従業員は安心して制度を使うことができていると感じました。とにかく経営層の方針を、現場までしっかり浸透させ「風土」として作ってしまう、そこが大切なのだと思います。

心と体の健康を抜きに「女性活躍」も「ダイバーシティ」も語れない

杉浦加菜子さん/オンラインで取材しました

編集部:女性のみならず、健康経営もダイバーシティでなければならないとお話を聞いていて思いました。

 

杉浦:そうですね。企業としても模索し始めたところでしょうか。一方で、この課題に気付いていない企業や経営者もまだまだいらっしゃいます。例えば、女性社員の多い企業さんで「月経痛でも無理している人いませんか?」「復職中にメンタル不調の方は人いませんか?」と聞いても「うちの従業員、みんな元気だから大丈夫だよ」と疑いもしない。女性が100人以上いるのに、不調な人がいてもおかしくないですよね。

 

編集部:女性同士でも理解されないことはありますからね。月経痛がない人にとって、その痛みや重さが分からなかったり、子育てと並行してキャリアを積み上げてきた女性管理職に、子育てを楽しみながら働きたい人の気持ちが分からなかったり…。

 

杉浦:ご自身や身の回りに多様な価値観の方がいれば結びつくのですが、そうでもないと「(月経痛は)病院行けば大丈夫でしょ」「(子育てや家事は)アウトソーシングすれば大丈夫でしょ」と。そういう環境で社員は声を上げることはできません。

 

編集部:一方で、自分自身も「月経痛ぐらいで休めない」と、無理をして働いているケースもあると思います。

 

杉浦:そうですね、月経痛は多くの人が経験のあること。みんなそれでも頑張っているんだから、自分もちゃんとやらなければ、という意識があるのかもしれません。でも、自分の体のことをよく理解していれば「人と自分は違う」と考えることもできるかもしれません。まずは自分の心と体を大事にする働きかけをしていきたいです。もし何かの葛藤があったとしても、一人で抱え込まないで安心して吐き出せる場所として、さらに正しい情報を届ける気付きの場として、「じょさんしONLINE」を使っていただけたらと思います。

 

編集部:最後に、これから健康経営はどこへ向かっていけばよいのでしょうか?

 

杉浦:とにかく社員一人ひとりの健康がベースです。心と体の健康抜きにしてダイバーシティや女性活躍は語れません。あと、身体的な健康以上に心の健康がないがしろにされているので、「自分がどうしたいのか」「自分は何を大事したいのか」という心の健康を大切に。そして、人それぞれの価値観をお互いに大事にできる社会に向けて、これからも個人、企業、地域に働きかけていきたいと思います。

「制度だけ整って、利用されていない」この現状には、さまざまな課題があると感じました。経営層の強い指針のみならず、上司や同僚、本人のマインドも変えなければなりませんし、風土として定着するにはまだまだ乗り越えなければならない壁があることが理解できました。ただ、その解決策として、それぞれが自分の体のことをよく知り、それぞれが自分の心の声を聞いて大事にする。またそれを共有しあうことで、相互理解への一歩が踏み出せるのではないでしょうか。それにしても、昨今の助産師さんの活躍は目覚ましいものがありますね!これからの「じょさんしONLINE」の展開が楽しみです。

プロフィール

杉浦 加菜子さん

株式会社じょさんしGLOBAL Inc. 代表

名古屋大学にて助産師・看護師・保健師資格取得後、都内病院に勤務。分娩室・手術室・NICUでの勤務を経て、延べ3000人以上の出産に立ち会う。

第1子出産後、夫の転勤先オランダに帯同。見知らぬ土地で言葉や文化の壁を感じ、孤独な育児を経験。第2子出産直後に日本に帰国する。自身の助産師としての経験と、海外での出産・育児の経験から、2019年「じょさんしONLINE」創業。2021年6月に法人化。

文・インタビュー:飯田りえ

ライター

飯田りえ

ライター

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