インナーブランディング施策のポイントとは?
glassy株式会社の成功事例に学ぶ
社会の変化が加速し、働き方も多様化するいま、組織づくりに悩みを抱える経営者は少なくないのではないでしょうか。組織経営の分野で注目したいキーワードのひとつが「インナーブランディング」です。
インナーブランディングとは、社内向けに行うブランディングのこと。ミッション・ビジョン・バリューの浸透や、コミュニケーションの活性化などが例として挙げられます。
とはいえ、実際に着手するとなると、どうしたらよいのか悩んでしまうのでは?
今回お話をうかがったglassy株式会社は、インナーブランディング支援事業を展開しています。もともとは、印刷会社の二代目社長が、時代の変化に対応するため新たに立ち上げたという同社。自らの会社の活性化にもインナーブランディングの手法を活用し、培った経験をお客様の支援に生かしています。
その取り組みが評価され、2021年から3年連続でGreat Place To Work® Institute Japan(GPTW Japan)による「働きがいのある会社」ベストカンパニーに選出されました。glassy株式会社執行役員 社長室室長の吉本香織(よしもと・かおり)さんに、インナーブランディングのヒントをうかがいました。
インナーブランディングで
会社の「あるべき姿」と働く人の「なりたい姿」を重ねる
編集部:glassyさんではインナーブランディング支援事業をなさっていますが、母体は印刷会社さんなのですね。
吉本香織さん(以下、敬称略。吉本):そうなんです。インターネットの普及により紙からWebへのデジタルシフトが進む中で、印刷業界は生き残りをかけた新たな取り組みの必要性に迫られました。そのような市場環境の変化を捉え、新たな事業を検討したことが、glassyの設立につながりました。
当初は、パンフレットやWebサイト制作などを通じて採用ブランディングの支援をしていたのですが、次第にお取引先様から編集力やデザイン力を評価していただくようになり、社内報リニューアルのご依頼をいただくようになりました。
編集部:現在のインナーブランディング支援事業につながるきっかけは、社内報だったのですか?
吉本:はい。社内報は社内限定の広報ツールなので、トップメッセージや事業部の紹介などオフィシャルな情報だけでなく、社員の素顔に触れられるようなインフォーマルな企画も載せることができる稀有な媒体です。当時、社内報は時代遅れのコンテンツだという声もありましたが、弊社の代表が可能性を感じて力を入れるようになったのです。母体である印刷会社の技術も活用できますので。
編集部:なるほど。社内報、興味深いですね。
吉本:ただ次第に、紙媒体だけでなくインナーブランディング全体をお手伝いしていきたいと考えるようになりました。現在は、3本の柱を設けています。ひとつは従来のコーポレート・ブランディング事業。もうひとつは、Web社内報に代表されるコミュニケーションTech事業。そしてイベントプロデュース事業では、社内報制作でお客様をよく知っている立ち位置にいるからこそできる、社内イベントのご支援をしています。
編集部:あらためてうかがいたいのですが、インナーブランディングとはどういうものなのでしょうか?
吉本:私たちのコーポレートスローガンが、その答えになると思います。それは「企業の『らしさ』を『ありたい姿』に、『ありたい姿』を働く人の『なりたい姿』に」です。人に個性があるように、企業にも「らしさ」がありますよね。「私たちらしさってなんだろう」をしっかりと見つめるのは大事なことだと思います。さらには、中期経営計画のように数年後の「ありたい姿」を掲げて、それに向けて成長していくことも大切です。
ただ、会社がどんなに「こうなりたい」と言っても、働く人たちが「そうだね」と思わなければ、実現できません。働く人たちの「なりたい姿」が会社の「ありたい姿」と近ければ近いほど、パワーを結集できると、私たちは考えています。
言い換えれば、会社の「ありたい姿」と働く人の「なりたい姿」の重なりが大きくなるほど、会社と個人の両方の成長が加速していく。インナーブランディングとは、この重なりを大きくしていくことだと考えています。
トップダウン型とボトムアップ型のバランスが大事
編集部:glassyさんも、社を挙げてインナーブランディングに力を入れていらっしゃるのですよね。
吉本:はい、当社は「インナーブランディングの達人」になることをビジョンに掲げ、私たち自身のインナーブランディングの実践をとても大事にしています。お客様のインナーブランディングをご支援しているのに、自社のインナーブランディングが不十分では説得力がないですから。
それに、インナーブランディングはトライ&エラーの連続なんです。自社でトライ&エラーを繰り返すことで、独自の手法やノウハウが生まれ、ますますお客様のお役に立てるようになっていくと信じています。
編集部:具体的には、どのようなお取り組みがありますか?
吉本:当社のインナーブランディングには、トップダウン型とボトムアップ型があります。トップダウン型には会社全体で実施を決めている会議やイベントがあります。例えば、経営方針を発表する、年に1度のキックオフイベント「THE DAY」や、「良いうねり(Good swell)」をもたらす各チームの取り組みをみんなで共有しあうことを目的とした「Gフォーラム」などがあります。
ボトムアップ型としては、もっと良い会社にするための全社横断型のプロジェクトが多数存在しています。その中で最大なのは「Gスタ~Good swell Style~」というプロジェクトチームです。2019年に当社の「バリュー」(価値観/行動指針)として7項目を掲げたのですが、ただ単にできあがった言葉を聞いただけで全社員が意味を理解し行動できるようになるわけではありません。そこで、全員がバリューを語れるようになることを目指して取り組みを開始しました。例えば、朝礼で順番にバリューのカードを引いて、そのバリューについて語ってもらったり、Slackでクールごとにテーマを決めてそれぞれの社員の考えを投稿していったりしました。
編集部:Gスタは充実した取り組みですね。ボトムアップで始まったことに驚きました。
吉本:社員の有志が企画してくれました。ただ、ボトムアップのプロジェクトにも、必ずマネジメント層が参画しています。「会社の方向性がこうだから、こんな要素を入れたら?」など、より効果的な取り組みになるよう助言をするアドバイザー的立ち位置です。ボトムアップで任せきりにした場合、メンバーが忙しくなると立ち消えになってしまうこともありますよね。マネジメント層が関与することで、会社公認の活動となり継続しやすくなる側面もあります。
編集部:他の会社や組織にとっても参考になりそうなポイントです。
吉本:トップダウンとボトムアップのバランスが大事なのだと思います。私自身、glassyの一員としてのこれまでを振り返ると、両方が大事だったと実感しています。「トップダウン」にはネガティブなイメージがあるかもしれませんが、私たちの会社がどこを目指していくのか、トップが旗を立てて打ち出すことは、必要なこと。組織づくりを考えたときに、やみくもにコミュニケーションの活性化に取り組むのではなく、「背骨」となる考え方を示していくことは欠かせないのです。
インナーブランディングの成功に向けて意図的な仕掛けを
編集部:インナーブランディングに取り組まれたとき、苦労したことや工夫したことはありますか?
吉本:先ほどお話ししたようにGスタでは、社員がバリューを語れるよう取り組んだのですが、これは1年目の活動でした。リアルコミュニケーションのほかにも、社員限定公開の動画を作成したり、拠点の垣根を超えてコミュニケーションが取れるようにオンラインでワークショップを実施したり……。バリューに楽しく触れてもらえるよう工夫を重ねながら、さまざまな接点を生み出しました。
2年目からは、全社員が社歴順に3人1組で「シーズナルアンバサダー」となり、3ヵ月間を1クールとして全社横断型の取り組みを企画・運営する仕掛けをつくりました。それは、誰かが良い会社づくりをしてくれるのを待つのではなくて、その場づくりに参画してほしいと思ったから。主催者側になる機会を全員に提供したかったのです。
当社は協調性の高いメンバーが多く、自ら発信することが苦手な人がわりと多い会社でした。ライターやデザイナー、ディレクターなど、自分のやりたいことを主張するよりは、お客様のご希望をかなえて差し上げる職種ですので。
編集部:どのように変わっていったのですか?
吉本:意図的に場をつくっていくと、変化が生まれました。たとえば、バリューの1項目について、自身の考えをパワーポイント1枚にまとめて発表してもらうなどです。おそらく最初は嫌だっただろうなと思うのですが、フィードバックをもらったり、ほかの人の資料の作り方や発表の仕方を見て刺激を受けたりして、次第に雰囲気が変わっていきました。いまではグループ会社が集まってディスカッションをする場に臨むと、glassyのメンバーの発言はすごく多いですね。
編集部:ねらいを持って、意図的に仕掛けていったのですね。目指す姿に向けて仕掛けると、組織は変わっていくのだなと思いました。
人的資本経営の時代とインナーブランディング
編集部:glassyさんではこれまでインナーブランディングに取り組まれてきたわけですが、今後に向けた課題はありますか?
吉本:当社は現在、30名ほどの会社なのですが、3年後には70名規模にしようという目標を掲げています。先日のGフォーラムでは、現在の2倍の社員になったときにどういう会社になるのかを想像するワークショップをしました。新しい仲間が増えてもシナジーを生み出せる会社になれるよう、これからも成長していきたいです。そして、成長過程での経験をベースに、私たちのような規模感の中小企業のお客様支援もできるようになりたいと考えています。
編集部:最後に、これまでのご経験を振り返って、中小企業がインナーブランディングに取り組むときのポイントを教えていただけますか?
吉本:経営者がインナーブランディングを大事に思うかどうか、です。それによって成果がずいぶん違うと思います。ボトムアップの取り組みを待っているだけでは難しいかなと。
編集部:インナーブランディングは、経営に直結していますね。
吉本:はい、最近は人的資本経営が注目され、いままで以上に「人にフォーカスする時代」になってきています。経営者の方も、それに気づかれているのではないでしょうか。インナーブランディングの効果は数値化しにくい分野ではあります。ですが、従業員が「この会社で働くこと」に誇りを持って定着し活躍していくことが、これからますます重視されていく。インナーブランディングに注目する企業が増えれば増えるほど、自分のなりたい姿をかなえることのできる会社に出会える確率が上がると思います。同時に、自社の目指す姿にマッチする人材が集まりやすくなることで、企業の成長も加速していくのではないかと期待しています。
分かりそうで分からなかった「インナーブランディング」。ですが吉本さんのお話をうかがうと、「会社の『ありたい姿』と働く人の『なりたい姿』の重なりを大きくする」という言葉に共感し、インナーブランディングの大切さが理解できました。インナーブランディングは、ただ社内報を作ることや、コミュニケーションを活性化することではありません。吉本さんが「背骨を作る」とおっしゃったように、会社の方向性を踏まえて意図をもって設計していくことが大切。戦略的なインナーブランディングができれば、組織はもっと強くなるはずです。
プロフィール
吉本香織さん
glassy株式会社 執行役員 社長室 室長(いわゆる何でも屋)
新卒で企業イベント・ブライダルの企画会社に入社。その後、大手アパレルメーカーとBtoB通販会社で、採用・研修・アワード等を担当。「いい会社を創ろう」という代表の想いと、「人のHappyを創りたい」というキャリアコンセプトが重なるという奇跡の出逢いを経て2019年2月にglassyへ。未整備な荒野を整備することが大好物(!?)のため「ブルドーザー」という異名を持つ。
ライター