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2023.04.27 2024/02/16

移住で手にした3つの働き方
青森県三戸町で地域の課題を解決するパラレルワーカー

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移住で手にした3つの働き方<br>青森県三戸町で地域の課題を解決するパラレルワーカー

青森県三戸町は、岩手県との県境に位置していて、城下町として古くから栄えてきた歴史のある町です。同町出身の作家・馬場のぼるさんの作品をモチーフにした「11ぴきのねこのまち」としても知られています。

この町を拠点にパラレルワーカーとして働くのは、サラリーマン・個人事業主(フリーランス)・地域団体代表という3つの顔を持つ、五十嵐淳(いがらし・じゅん)さん。「地域と外の翻訳家」として、自治体や地域の事業者の支援をしながら、最近は次世代人材の育成・発掘にも力を入れています。

五十嵐さんは秋田県で生まれ育ち、首都圏や仙台での勤務を経て、2018年から三戸町に定住しています。土地を移りながら自分らしい生き方を確立させてきた五十嵐さんに、現在の働き方や仕事への思いを語っていただきました。

地元・秋田から26歳で東京へ
仙台での勤務を経て、三戸に移住した背景は

 

五十嵐淳さん / オンラインで取材しました

 

私は秋田県秋田市で生まれ育ち、26歳で転職を機に初めて上京するまで、地元で飲料メーカーの仕事をしていました。転職しようと思ったきっかけは、「異なる場所で仕事がしたい」と思うようになったことや、関東で行われた研修に参加して刺激を受けたことです。

東京に移ってからは、派遣業界を中心に経験を積みながら、ITコンサルの会社に役員として参画していたこともあります。東日本大震災が発生した2011年3月から、東北地方での仕事も増えていき、2016年1月には仙台に拠点を移しました。

仕事にやりがいを感じていたし、楽しくもあったサラリーマン時代。一方で、私の好奇心旺盛な性格からなのか、「一生このままなのかなあ」という焦りに似た不安もありました。自分が社会のために何ができるのか分からないもどかしさや、起業する勇気やスキルもないという非力感。いろいろな感情が自分の中に同居していて、どこか心が満たされない感覚でいたことを覚えています。

そんな自分を大きく変えたきっかけが、2017年に会社の実証実験で三戸町を訪れたことでした。「よく来てくれたね。ありがとう」と、地元の皆さんがとにかく寛容で、仕事に関係ないはずの方々さえも、温かく迎え入れてくださったんです。私としては、お互いが膝を付き合わせられるようになるまで時間がかかると思っていたので、良い意味で衝撃的でした。

もう一点、私が「こういうことをやりたい」と伝えると、関係者にすぐつないでくださったり、役場の職員さんが動いてくださったり、皆さんの姿勢がとにかく前向きだったことも、この町にほれた理由です。

それまでの私は自己肯定感が低くて、物事をネガティブに考えがちな人間でした。ですが、三戸町と出会ってから「この町で自分らしく生きていける」と、初めて前を向けるような気持ちになれたんです。当時勤めていた会社の役員が、「五十嵐さんは三戸に住むことで輝けると思う。会社としても協力したい」と背中を押してくれたことも重なって、2018年に移住を前提とした長期滞在に踏み切りました。

3つの立場から地域の困りごとを解決
地域に関わりたい人材の背中を押すプログラムも

2021年度に開催した、Seed program for Local Challenger in SANNOHE

現在は、「サラリーマン」「個人事業主」「地域団体・サンノヘエール代表」という3つの柱で活動しています。すべての活動に共通するのは、「地域で挑戦したい人が当たり前に挑戦できる世の中をつくる」という、個人的に掲げているビジョンです。3本の活動はいずれもこのビジョンが基盤になっていて、大枠で言うと、すべて「地域の困りごとを解決する」ものです。

サラリーマンとしては、IT・情報デザイン事業を展開する会社に勤めていて、自治体や中規模企業への課題解決および企画提案・運営をしています。たとえば、複数の保育園を運営している法人のIT導入支援などです。

個人事業主の仕事は、小規模事業者さんを対象にした困りごとの解決で、例を挙げると、ホームページ作成やブランディング支援、コンセプトを決めるお手伝いなどです。この仕事では、お客様が省力的に成果を出せるようになることを重視しています。

そして、サンノヘエール代表として取り組んでいるのは、地域内外の課題を解決するためのイベントの企画・運営と人材育成・発掘です。この「人材育成・発掘」に、最近特に力を入れています。

2021年からは、「次世代の夢の種を増やすこと」を目的とした「Seed program for Local Challenger in SANNOHE」という人材育成プログラムを主催しています。「地域に関わりたい想いはあるけど自信がない」という人を対象に、「地域に関わりたい理由」や「自分自身のビジョン」を言語化してモヤモヤをクリアにしながら、共感者や支援者を増やすためのものです。

地域で挑戦する人と地域住民の間で、トラブルが生じるケースがたまに見聞きされますよね。あれは、「何をするのか」を地域住民に説明しないまま挑戦を始めて、ギャップがどんどん大きくなることが原因だと思うんです。そもそも地域の方々が望んでいない可能性もありますし。そういった挑戦者と地域住民の目線合わせや、挑戦するフィールドの整備をするのも、プロジェクトの目的です。

参加者の方々からは、「自分が本当にやりたいことが分かりました」「自分が何者でなくても挑戦していいんですね」といった声をいただけていて、早くも来年の参加を望んでいる方もいます。

身近な人のために働ける喜びを、日々実感
「相手が求めているもの」を聞くことを大切に

販路拡大や商品開発に携わっている果樹農園のご夫妻。思い入れのある1枚

地域で働いていると、身近な人の力になれるやりがいを感じますし、皆さんの笑顔を間近で見ることができるので、それが仕事のモチベーションにもなります。

信頼関係が目に見える形で積みあがっていくのも喜びのひとつですね。お互いにやることをやったら終わり、ではなくて、その先に継続的なお付き合いがあるんです。実際に、「ホームページを作ってほしい」というきっかけから接点ができて、今では3年目のお付き合いになる方もいます。

ときには、農家さんが農産物を分けてくださったり、プレゼントをいただいたりすることもあって。私がお客様に提供しているもの以上に、お客様から何かをもらっています。

ただ、やはり信頼を得るためには難しさもあると思います。私が大切にしているのは、相手が求めているものを丁寧に聞いて、望まれている内容に応えることです。たとえば、「ホームページを作ってほしい」と相談があったときに、しっかり話を聞いたら、ホームページではなくECサイトを作ったほうがいい場合もあります。

あとは、口だけではなくて、自分自身がやって見せること。一緒に動いて汗をかいたり、自分自身がお客様と一緒に笑顔になることで、信頼が培われていく気がするんです。もちろんこれは個人的な話なので、自分なりに信頼関係の築き方を探ることが大切なのかなあと思います。

はじめは誰かと一緒でもいい!
勇気を出して一歩踏み出せば、未来は変わる

地元高校生とのまちおこし協働プロジェクト

「Seed program」のミッションとして掲げている「『地域で活きる』を実践し、次世代の夢の種を増やす」ことは、私の人生においても軸になると考えています。

ひとつ、印象的だった話があって、5年前に町内の小学校で授業をしたときに、家業が農家だという生徒さんが3、4人いました。「お父さんお母さんが格好いい」「いつか農家を継ぎたい」など、上がってくる声もポジティブなものばかり。でも、同じ年に近くの農業高校では、卒業後の新規就農者がゼロだったんです。「農業って大変」とか「農業はもうからない」と大人が決めつけるから、成長するにつれて憧れが薄れていくのではないでしょうか。

楽しそうに挑戦している人を見て、「自分にもできるかも」と感じてもらう。挑戦したい人が挑戦しやすい雰囲気をつくる。次世代を育てるためには、それらが大事なのではないかと思います。私自身も挑戦を続けながら、そのプロセスはいつでも開示するので、地域に関わるうえで少しでもヒントになったらうれしいですね。

私自身は、何か大きなものを成し遂げてきたような人間ではないし、突出した能力や珍しいスキルを持っているわけでもありません。

でもいま、私の取り組みが誰かを笑顔にすることがあるし、「ありがとう」と言ってもらえることもあります。確かに言えるのは、「三戸への移住」という一歩を踏み出さなければ、今はなかったということです。もし不安だったら、最初は誰かと一緒でもいい。まずは、一歩踏み出してみると、未来はきっと明るいものになると思います。

ライター

紺野天地

ライター、文筆家

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