ANA客室乗務員から秋田県大館市の地域おこし協力隊へ
変化をしなやかに受け止め前進する力
新型コロナウイルス感染拡大により、大きな打撃を受けた航空業界では、多くの人たちが出向や地域活性化支援事業の担い手として、別の民間企業や自治体で働く取り組みを行っています。全日本空輸株式会社(以下、ANA)で客室乗務員をされていた中島早知子(なかしま・さちこ)さんもまた、コロナ禍という予期せぬ状況下でキャリアの転換を迎えたひとりです。
自ら手を挙げ、秋田県大館市へ「地域おこし協力隊」としての派遣を希望したという中島さん。見知らぬ土地で新たな挑戦を選んだ理由とは? 彼女のこれまでの道のりと現在の仕事、今後の目標について語っていただきました。
両親と同じ航空業界の道へ だからこそ外の世界も見てみたかった
私が航空業界の仕事を選んだのは、もとをたどれば家族の影響が大きかったですね。両親ともに航空業界で働いていたので、物心ついたときから仕事の様子を見てきました。憧れというより、むしろ「この仕事しか知らなかった」といった言い方が近いかもしれません。ありがたいことに幼少期から飛行機に乗る機会にも恵まれ、国内外さまざまな場所に連れて行ってもらいました。これらは私の原体験となり、大人になってからは約40ヵ国をひとりで巡り、世界遺産検定を保持するほど旅行好きに。とにかく国内外いろんな場所を旅したいという思いから、航空業界への就職を目指しました。
ANAに入社したのは、2017年4月。国際線・国内線どちらも担当し、さまざまな経験ができました。国際線のフライトは時差の影響もあり、体力的にしんどいなと感じることもありましたが、休日に体内リズムを整えたりと工夫しました。
ひと通りの実務を習得し、責任者の資格にもチャレンジするなど、客室乗務員の仕事にはとてもやりがいを感じました。ただ、どこかで「外の世界を見てみたい」という思いがあったんです。両親と同じ航空業界の道をたどり、その世界のことしか知らないからこそ、別の視点で仕事を見つめ直したい。外部で取り入れた知識をいまの仕事に生かせたらとも考えていました。同時に、海外で一度働いてみたいという夢があったので、ワーキングホリデーでの海外渡航も検討していたんです。
入社5年目、コロナ禍に自ら希望して違う分野で働くことにチャレンジ
しかし、コロナ禍で状況は一変し、ワーキングホリデーでの海外渡航はかなわなくなりました。この先のことを考えても、長期で海外に行けるかどうかさえ分からない——。いったん考え直そうと思ったとき、目にしたのが秋田県大館市へ「地域おこし協力隊」としての派遣を希望する職員の募集でした。当時は会社の掲示板に、民間企業や各自治体への地域駐在員というような形で求人が出始めたタイミングでした。
新たな挑戦への気持ちが高まっていたとき。募集を見つけた瞬間「これだ!」と思い、すぐに応募したんです。当時開催予定だったオリンピック・パラリンピック(以下、オリ・パラ)関連事業に携われることも大きな決め手となりましたね。タイ王国とのホストタウン交流事業にも興味を引かれましたし、私自身、小学校から高校までバスケットボールを続けるほどスポーツに親しんできたので、スポーツイベントの運営業務を通して、これまでの経験を生かせるのではと考えました。
海外で働く目標はいったん保留となりましたが、国内にいながら海外の人と仕事をすることで自分のやりたいことが一歩前進するようにも感じたんです。とにかくチャレンジしたいという思いに突き動かされ、6倍の求人倍率をくぐり抜け、無事採用が決まりました。
どんな経験も学びとなって、未来の自分を応援してくれる
2021年4月に、秋田県大館市の「地域おこし協力隊」に着任。配属先のスポーツ振興課では、着任早々多忙な日々が始まりました。7月には、オリ・パラ開催がせまっていたため、勉強することも多く、当時は慣れない土地で切羽詰まるような思いも……
「地域おこし協力隊」の業務は、いちから自分で考えることが求められるので、どちらかといえばルールやマニュアルを重んじる客室乗務員の業務とは、仕事の仕方がまったく違うんです。たとえば、大館市とタイ王国との親交を深めるために、オンラインでタイツアーを開催したり、タイ王国の選手たちに応援動画を送ったり。さまざまな企画の提案ができたのも、貴重な経験でした。アイデアの源となったのは、やはり自分自身の経験。旅先でインスピレーションを受けたり、人との出会いで影響を受けたり、何気ない経験の積み重ねが糧になっていたのかもしれません。
大変な思いもした分、来日したタイ王国の選手たちとの交流は有意義な時間になりましたし、選手が金メダルを獲得した際には、「このメダルは大館市の皆さんのメダルです」というスピーチを聞き、頑張ってよかったと心から思いました。
新しい土地で新しい人と関わることには、戸惑いがつきものですよね。けれど、私自身が意識していたのは、人との関係をあまり難しくとらえず、先入観を持たないこと。それが人と接するときに壁をつくらないことにつながるんだと思います。私の場合は、これまでの旅行の経験や知識が生きて、仲が深まることが多いんです。そういった生の体験が、慣れない土地での人間関係や仕事を、円滑に進める小さな糸口となってくれました。苦労して形にした企画に対して、「よかったよ」と声をかけていただくこともあり、これまでとは違う部分で仕事のやりがいを感じています。
できることに目を向けて「いま」をコツコツ積み重ねたい
今回はコロナ禍という形でキャリアの転換を迎えましたが、出向中の同期ともよく話をするんです。「客室乗務員以外の仕事をすることで、客観的にこれまでの仕事を見つめ直せるし、ほかで学んだことを生かせるから、すごくいい経験になっているね」と。
地域おこし協力隊の任期は残すところ1年弱。タイ王国と大館市との関係強化のために、SNSで情報発信したり、タイ王国の魅力を知ってもらえるようなイベントを作り出していくことがいまのミッションです。逆に、タイ王国の人たちにも大館市をもっと認知してもらえるように、架け橋となる仕事をしていきたいです。
いまは、秋田県大館市での暮らしを通して、新たな視点を授けてもらっています。なにより、地方の魅力にも気付かされました。これまでは旅行といえば海外に行くことが多かったのですが、いまは日本の魅力——特に地方についてあらためて知りたいと思いました。再び航空業界に戻ったときには、地方創生に関わる取り組みにも挑戦したいですし、大館市の魅力をこれからも発信し続けたいですね。大きなことをやってみたいというよりも、地道にコツコツと、自分が感じたことを周りの人に知ってもらえるのが一番の喜びに感じています。これからもいまできることに目を向けて、小さな積み重ねを大切にしていきたいですね。
ライター/倉沢れい
ライター