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2022.08.24 2023/05/20

130年前からジェンダー平等を実現する「森下仁丹」
男性育休をスムーズに運用する企業カルチャーのつくり方

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130年前からジェンダー平等を実現する「森下仁丹」<br>男性育休をスムーズに運用する企業カルチャーのつくり方

多くの企業にとって「女性活躍」「男性育休」への取り組みが求められる昨今。社内の風土づくりや相互理解の課題に直面し、頭を悩ます経営者や人事担当者は多いのではないでしょうか。

「16種類の生薬」を配合した口中清涼剤「仁丹」でおなじみの森下仁丹株式会社は、1893年に創業した老舗企業でありながら、130年前から男女格差のない職場づくりを実現する「ジェンダーフリー」企業ともいうべき存在。産休・育休復帰率100%を誇り、「女性が出産後も当たり前に働き続けられる環境」が創業時から根付いています。さらに、男女問わず仕事と育児の両立が図れる制度も充実し、今年度は改正された育児・介護休業法施行後、社内初となる男性育休取得者も誕生しました。

人手不足や賃金・評価の不安など、さまざまな課題がある中で、同社はどのようにしてジェンダー平等かつ子育てがしやすい職場環境を定着させてきたのでしょうか。その背景について、総務部長の大山洋子(おおやま・ようこ)さんにうかがうとともに、男性育休取得者第一号となる戦略企画室の井坂章吾(いさか・しょうご)さんに、男性育休取得までのエピソードをお聞きしました。

社内のジェンダー平等を根付かせた “家族主義”という企業精神

女性従業員とその家族を招待して開催された運動会の様子:1920年(大正9年)

編集部:いわゆる「女性解放運動」が盛んになる大正期以前から、男女格差のない労働環境を整えられていたということですが、会社としてどういった歴史があったのでしょうか?

 

大山さん(以下、敬称略。大山):そもそも創業者の考えに「従業員は全員家族である」という“家族主義”の思想がありました。従業員を家族のように大切に思う気持ちから、女性従業員の雇用はもとより、工場内に学校を設けて教育の機会を提供したり、女性従業員とその家族を招待して社内行事を積極的に開催したりしていたそうです。女性従業員が家庭の事情で働き続けることが難しい状況を変えていきたいという思いが、いまに受け継がれているように私自身は捉えています。

 

編集部:現在多くの企業においては、人手不足の問題などもあり、女性が出産後も働き続けることの難しさをいまだ抱えています。産休・育休復帰率100%の実績をもつ御社の場合は、制度をスムーズに運用するため、どのような工夫をされているのでしょうか?

 

大山:やはり先ほど申し上げた通り、「従業員は皆、家族である」という考えのもと、フォローするのは当たり前という思いでそれぞれが動いていることでしょうか。困っているときはお互いさまじゃないですけど、どんな状況であっても、その仕事をちゃんとつないでいくことが一番大事なことだと、みんなの共通意識としてあるように思います。

 

編集部:逆に、世代間ギャップなどによって、その「想い」がうまく受け継がれないという懸念などはなかったのでしょうか?

 

大山:世代間ギャップをまったく感じないということはもちろんないです。ただ、先輩従業員から「うちってこういう会社だよ」と伝えられて、受け継いでいくということが自然とできているように感じています。

 

編集部:押し付けではなく、よい形で後輩たちに伝わっているということでしょうか。

 

大山:確かに女性従業員は自分の将来を想像しやすい環境にあると思います。さらに男性従業員も女性従業員の姿を横で見ていることもあり、「そういうもの」として捉えているようで。「いつ育休入るの?」「いつ戻ってくるの?」というのは、当たり前のやりとりになっていますね。

男性従業員も積極的に看護休暇を取得。
誰もが休みを取りやすい社内風土のつくり方

会社をつくるのは「人」。従業員一人ひとりとのコミュニケーションを大切にしている

編集部:これまでは仕事と家庭との分断が、男性社会をさらに助長させることにつながっていたように感じています。しかし御社の場合は、女性従業員たちが育児をしながら働き続けられる環境が当たり前にあることから、仕事と家庭との距離が近く、男性にとっても育児がしやすい環境に見受けられます。

 

大山:そうですね。男性従業員にも積極的に休暇を取るよう勧めているんです。私は入社以来、人事業務を担当していたのですが、従業員の扶養家族が増えるという情報をいち早くキャッチすると、その男性従業員に「育休取らないの?」と、積極的に声をかけるようにしていました。たとえば「こういう制度があるんだよ」と該当しそうなものを紹介したり、子どもが体調不良のときに使える看護休暇もあるよと声をかけたりして。その成果もあってか、当社は男性も看護休暇を積極的に取得していると思います。

 

編集部:声かけすることはやはり重要ですよね。

 

大山:はい。昔は子どもが熱を出したら、母親が会社を休んで病院に連れて行くのが当たり前で、父親に対しては「あなたは会社に行って働いて」みたいな感じだったと思います。その点、当社はわりと昔から男性が看護休暇を取ることが多かったんです。子どもが生まれたら、「こういう制度があるからね、利用して!」と声かけを続けたことで、いい方向に動いたのかなと思っています。

 

編集部:素晴らしい取り組みですね。ちなみに、大山さんがわざわざ一人ひとりに声かけしようと思った理由は、どういったお気持ちからだったのでしょうか?

 

大山:会社をつくっていくのは「人」だと思っています。従業員がイキイキと仕事ができて、「会社で働くことが楽しい」「会社に来ることが楽しい」と思える場所になれば、生産性の向上につながっていきますし、最終的には会社の利益にもつながります。それは会社にとっても、幸せなことですよね。

 

編集部:人事に大山さんのような方がいらっしゃると、社内の雰囲気もかなり変わっていくんだろうなと思いました。

 

大山:ありがとうございます。常に頭の中は「みんながハッピーに仕事をするにはどうしたらいいんだろう」ということを考えているので、アンテナを張って、世の中の情報を積極的に仕入れるようにしています。ネタ帳じゃないですけど、アイデア帳みたいなものにためておいて、「このタイミングでこれを出してみようかな」という具合に。あとは、従業員にアンケートを頻繁に行うようにもしています。「こういう取り組みをやりたいけれど、皆さんどう思いますか?」と、従業員の意見を必ず取り入れることを常々心がけていますね。

チームメンバーからも「ぜひ育休をとって」
社内初の男性育休を取得

グループミーティングでは業務の引き継ぎはもちろん、先輩ママさんから育児のアドバイスも

編集部:ここからは、社内初の男性育休取得者である井坂さんに、育休取得の経緯などをうかがいたいと思います。その前に、これまでの男性育休の状況について教えてください。

 

大山:自身の有給休暇を使って、育児のためにお休みされるケースはありました。ただ今回、男性育児休業制度にのっとって取得するというのは、井坂が初めてです。

 

編集部:今回の育児休業の取得概要を教えてください。

 

井坂さん(以下、敬称略。井坂):期間としては、2022年8月のお盆明けから2ヵ月間の取得を予定しています。私も妻も大阪で働いているのですが、2人とも九州の方が実家でして。妻が里帰り出産をして、大阪に戻ってくるタイミングで育休を取得して、二人三脚の子育てをスタートさせたいと考えています。

 

編集部:今回、育休取得を決めた理由はどのようなものだったのでしょうか?

 

井坂:妻の方から「育休を取れるなら取ってほしい」という言葉をもらったことがきっかけでした。総務部に確認したところ、男性も育休を取得できる制度があるよと教えていただき、それだったらぜひ取りたいということで決めました。あとは、一緒に働くチームメンバーが私以外すべて女性ということもあり、皆さん非常に協力的で、「ぜひ休暇を取って」と後押しいただいたことも決め手となりました。

 

編集部:仕事の引き継ぎなどもチーム内でスムーズに行われているのでしょうか?

 

井坂:そうですね。もともと個人に仕事を分担するというよりも、チームで業務を行っていた部分もありますので、引き継ぎもスムーズに進めることができています。

 

編集部:とはいえ、いざ育休を取得するとなったとき、他のメンバーに負担をかけてしまうんじゃないかと心配になったり、今後の仕事に対する不安みたいなものは感じられたりしなかったのでしょうか?

 

井坂:やはり仕事の部分では、チームメンバーの負担は少なからず生じてしまうと思います。なので、できる限り負担を減らせるよう、引き継ぎ前に片付けられる仕事は片付けておく予定です。ただ、育休取得にあたって周りに迷惑をかけてしまうなど、気にすることなく、安心して育休申請ができました。

 

編集部:安心して育休を取得できるのはなによりですよね。先輩パパ・ママ従業員から子育てのアドバイスをもらったりされたんですか?

 

井坂:はい。同じ年齢で、すでにお子さんがいるチームメンバーからは「最初は本当に大変だから、家のことはなんでもするようにね!」とアドバイスをもらったり、ベビー服をもらったりして、職場でもいろいろとサポートしてもらっています。

社内ルールは「作って終わり」にしない。
社内の「草の根運動」こそが制度運用を叶えるカギに

制度改正後、同社では初となる男性育休取得者の井坂さんと、さまざまな制度改革を推進してきた大山さん

編集部:ここまでを振り返ると、女性が働き続けられる環境がすでに根付いていることもあり、男性育休の運用もスムーズに進められている印象です。

 

大山:正直、ドラマチックな山あり谷ありみたいなドラマはあまりないですね(笑)

 

編集部:多くの企業では、男性育休取得はもとより、女性が当たり前に働き続けられる環境さえも、まだまだ整っていないことが多いと思います。どうしたらそれぞれの企業が抱える課題を乗り越えられるとお考えですか?

 

大山:やはり「これはうちの会社にとって絶対いいんだ」という熱い気持ちを人事担当者が持って、どう作戦を練るかという部分が肝になると思います。

 

編集部:それぐらいの気持ちをもって、取り組んでいく必要はあるのかもしれませんね。

 

大山:「決まりを作って、規則を整備しましたよ」と、従業員にお知らせして終わるんじゃなく、草の根運動的なことを行っているのは、当社ならではだと思います。制度を作ったら、従業員一人ひとりが参加しやすいように声かけをするなど、本質的な運用を実現するために働きかけていくことが重要だと思います。

 

編集部:人事担当者の草の根運動的な、積極的な働きかけが、制度やルールを社内に定着させるためには不可欠なものかもしれません。最後に、今後の展望についてお聞かせください。

 

大山:今回、井坂が初めて男性育休を取得することになりましたが、次に続けるという意味でも、男性がもっと育休を取得しやすい環境づくりに努めていきたいと思います。あとは、出産、育児に限らず介護の問題など、従業員を取り巻くさまざまな生活環境の中で、仕事と家庭を両立できる環境づくりや、従業員一人ひとりの多様なウェルビーイングの実現を目指していきたいと考えています。

 

井坂:今後、私のように男性も気軽に育休を申請できるよう、育休に向けての準備はもちろん、復帰後も仕事の成果をきちんと会社に示していきたいと考えています。あとは、プライベートなことではあるのですが、「“手伝い”という姿勢では絶対にだめだよ」とアドバイスをいただいたので、率先して育児や家事を行い、妻がゆっくりできる時間も取って一緒に楽しく育児を頑張っていきたいと思います。

 

編集部:大山さん、井坂さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。

終始和やかなムードで行われた今回の取材。大山さんの「従業員一人ひとりをハッピーにしたい」という心からの思いが自然と伝わってくる時間でした。そして井坂さんが話す言葉一つひとつに対して、同席いただいた皆さんが深くうなずき、言葉をかける姿も印象的でした。ワーク・ライフ・バランスの観点から、仕事と家庭を切り離すという姿勢がある一方で、仕事と家庭の距離が近いからこそ支え合える一面もあるのかもしれません。もちろんそこには会社と従業員との信頼関係があってこそ。制度運用ばかりに目を向けるのではなく、会社を形作る「人」の存在についてあらためて考えたいところです。

プロフィール

大山洋子さん

森下仁丹株式会社 総務部長

2007年入社。入社以来、人事および総務部門を担当。社内制度や福利厚生の改革を牽引してきた。2020年、総務部長着任。現職のほか、社内に有する健康保険組合(森下仁丹健康保険組合)や人権推進室の責任者も務める。

井坂章吾さん

森下仁丹株式会社 戦略企画室

2017年入社。食品・化粧品の品質向上や付加価値を生み出すべくカプセル開発を担当。マーケティング部門を経て、現在はプロバイオ製品の販売戦略、宣伝販促などを務める。2022年第一子誕生により8月から育児休業取得。

文・インタビュー:倉沢れい

ライター

倉沢れい

ライター

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