男性育休をきっかけに考える、「両立人材の活躍」の理想と現実。
企業のダイバーシティ経営、これからどこへ向かえばいいのか
2020年男性の育休取得率が12.7%で過去最高だった、という報道が記憶に新しいと思いますが、この数字は国際的にみてかなり低い水準です。取得者の3割が5日未満という実態に、「たった5日未満で育休っていうの?」と愕然としながらも、男性育休制度自体の認知度や職場における “歓迎されないムード” が露わになったなぁ、と感じていました。
さて、今年の4月から新しい育児・介護休業法の制度が始まります。企業の規模に関わらず、育休の周知や意向確認が義務化され、取得しやすい雇用環境が整備されることに。ということは、今後、さらに育児や介護をしながら仕事と両立を目指す社員が増加するとなると、職場環境は一体どうなるのでしょうか。現状、育休や時短を利用して両立している社員によると、社内調整も大変だし、周囲とのハレーションに悩む声もあり、両立人材が増える上ではまだまだ課題が山積です。
さて、LAXICでもたびたびご紹介している「育休プチMBA」。主宰する株式会社ワークシフト研究所が「両立人材の活躍」に焦点を当てた「ワークシフト・カンファレンス2021」を開催し、編集部も参加しました。
日本社会の大きな課題である少子化による労働力の減少、多様性の促進、ジェンダーギャップを改善するためのカギとして「両立人材の活躍」が注目されていますが、過渡期である今は、とにかく混乱や対立が起こりやすいのが実情。これをどう乗り越えればいいのかー。当事者目線でも、管理職目線でも、経営者目線でも、どの立場からもヒントになることが多いカンファレンスでしたのでご紹介していきたいと思います。
育休や時短が「お互い様」では済まされない状況にきている現在
そもそも、なぜ「両立人材の活用」が声高になっているのでしょうか。これまでは専業主婦の妻のいる男性で24時間仕事に費やせる人たちが大勢いましたが、今はそういう時代ではないのは言うまでもありません。また、ダイバーシティの観点からも、さまざまな経験やスキル、価値観の人たちが集まっている職場は「価値の源泉」になり得ます。そうした背景から、今、両立人材がクローズアップされているのです。
<登壇者ご紹介>
- 相模女子大学大学院 特任教授、昭和女子大学 客員教授、iU情報経営イノベーション専門職大学 超客員教授 白河桃子さん
- 東京大学大学院経済学研究科教授 山口慎太郎さん
- モデレータ:ワークシフト研究所 所長、静岡県立大学准教授 国保祥子さん
職場において『ダイバーシティが高くなれば業績に直結する』という結論はまだ出ておらず、プラスにもマイナスにもなるというのが現状の結論です。多様性を実現しようとすると不平等さが出てしまい、価値観の違いによってコンフリクト(衝突)が発生するので、職場での揉め事も起こりやすいし、会社に対する帰属意識や意欲が低下していく…。これらのネガティブに働くメカニズムをいかに解消していくかが、これからの職場には必要な観点です/国保さん
職場だけに限らず、ダイバーシティが高くなると、さまざまなところで個人個人の価値観のアップデートが求められ、困惑や衝突が生じてしまうのは当然のことだと思います。しかし、こうしたネガティブな要因をうまく処理してはじめて、ダイバーシティの価値が発揮できるステージに立てるのですが、現状はというと…まだまだ道半ば(というか入口)という印象です。
今までだったら育休や働き方の多様性は “例外” として処理できていましたが、それが増えてきた今、 “個人の好意” では処理できなくなり、不満が増大してきているのが職場で起こっている状況です。このまま放置しておくとネガティブに働くので、いかにポジティブへと効果を転換していくか、今の社会や企業に求められている課題です。/国保さん
ダイバーシティ経営には、トップの強い意思決定が必要不可欠に
冒頭でも「現状では業績に直結しない」というお話もありましたが、会社においてダイバーシティを実現すると、具体的にどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
心理学の実験ではダイバーシティはプラスになる結果が出ています(3~4人組でタスクを与えた時に、高いパフォーマンスを出したのは頭のいいグループではなく男女比や人種的に多様性のあるチームだった)。また、個人的な見解からは、経験やスキルに対して多様性を持たせることが重要だと思います。新しい取り組みを求められたときに、良い方法があるのにその存在を知らない、ネットワークも乏しいので、変化も起こらない。世の中が変化に気づかず、現状維持のために頭をフル回転させるという、非生産的なことが起こっていますので。/山口さん
『女性を増やせば売り上げが増えるのか?』とよく聞かれますが『失われた物が多い』と捉えてもらった方がいいと思います。海外では女性の声を認識しない音声ソフトを作ってしまったり、日本ではフェムテック市場も見落とされてしまったり、企業としての損失に直結しています。しかし、一番問題なのは同質性=不祥事を起こしてしまうリスク。どうしても実力を過大評価し、イエスマンばかりで不都合な情報を入れず、内部は同調圧力が働き自分の意見に自己検閲をかけてしまう…。中高年齢の男性が意思決定層にいる企業ではこのリスクが高く、日本企業の脆弱さにつながっています/白河さん
同質性の集まり=イノベーションを起こしにくい、というのはよく言われていることですが、不祥事を起こしてしまうとなると、企業としてリスクが高すぎますよね…。とはいえ、お二人とも声を揃えておっしゃっていたのが「単なる数合わせだけでは、意味がない」ということ。業績にポジティブに働くためには心理的安全性のもと、きちんと意見交換ができる環境設定が必要になってくるのです。
心理的安全性がない=コミュニケーションがうまくいっていない、ということなので、この解決策としては、トップが決意を固めて安心してコミュニケーションをとれる体制を補償をすること、物理的にコミュニケーションの場を確保することだ思います。また、男性の育休取得率が高い企業=心理的安全性が高い企業の傾向にあり、うまく制度化して、部下のワークライフバランスを応援されています。その副産物として、ダイバーシティも高くなるという相乗効果が得られています。/山口さん
中間管理職が部下のワークライフバランスを応援するかどうか、さらには中間管理職の上司がどのぐらいサポートしているかどうかが重要になっています。やはり、評価者に評価されないことは構造的にできないので、だからこそ、トップダウンで下ろしてくることが大事なのです。/国保さん
コロナ禍によるコミュニケーション不足はどこの業界でも問題視されていますが、ダイバーシティを高める上でも必要なのですね。また、評価制度も変革が必要なので、とにかくトップの高い決意表明が求められていることが明白になりました。
ワークライフバランスは育児者・介護者だけのものじゃない
その一方で「一部の人への恩恵ですよね」「自分達には関係のない制度」と育児や介護者ではない、周囲からの不満が起こりやすい状況にあります。2015年に話題になった資生堂ショックは、まさに女性活躍が進んだ企業だから起きた事例ですが、まさに両立支援制度を10%の人たちが使用している企業は、「おたがい様」や「善意」でカバーできなくなる次のフェーズに来ているといいます。これから制度利用者がどんどん増え、長期化してくる時にはどう対応すればよいのでしょうか。
「ワークライフバランスは誰のためなのか?」ということを問い直さなくてはなりません。独身の人や専業主婦の奥さまがいる人は働き放題ですが、まずここを変えないといけない。これからの時代、勉強し続けないと働き続けられないですし、推し活のために早く帰っても良いはずです。すべての人の両立のために、柔軟な働き方に併せて、評価を変えていくしかないと思います。周囲にしわ寄せがくるのであれば、周囲にも報いるような制度として給与や評価に反映し「ちゃんと見ているよ」という意思表示が重要かと。/白河さん
そういう意味では、男性育休ははじめて男性が両立する立場になるタイミング。今は過渡期なので、周囲とのハレーションは避けられないかもしれませんが、将来的にはすべての人が自分の時間を使えるような制度になっていけば課題は解決できそうです。では、すべての人にとって両立させるためには、どのような仕事の進め方がいいのでしょうか。
「属人的な仕事の進め方は大きなリスクを抱えています。病気や事故で突然、人員が抜けてしまった時に企業の利益に悪影響が出るデータもありますし、育休や介護みたいに事前に抜けることがわかっていれば準備ができるので、企業にとってはマイナスにはならない。また、属人化は不正の温床になりやすいし、仕事の質も人によってばらつきが出てしまうので会社としては好ましくないので、とにかく属人化しないことです。/山口さん
長時間労働是正の時も「属人化が働き方改革の敵!」となっていましたが、男性育休も働き方改革の一つで、その先にはダイバーシティの高まりにつながることがわかりました。そういう観点からも、どんどん男性育休を取得する人が増えると良いですね。
家庭の中でも「属人化」しないために、変化の時がきている
会社だけでなく、家庭の回し方も変えていく必要があるようです。男性に家事や育児を担ってもらう時に、これまで女性が行ってきたような、属人性の高い家事のやり方についても考え直す時が来ているようです。
子育てや家事のやり方にも夫婦間で全く違いますし、自分と違うやり方を受け入れるというのはものすごく大事なことだと思います。相手のやり方を尊重しないでいると、夫婦の協力関係は成り立たないので、家事・育児のやり方にも多様性を担保すると、子どもにとってもプラスになるのでは。/山口さん
家庭内でも属人化を防いで、男性育休もどんどん取得して両立していこう…!という流れは理解できましたが、実際のところ、男性育休については女性側の意見も割れています。反対派の代表的な声としては「夫が育休を取得したからといって、実際に家事・育児をするとは限らない」というような声がありますが、男性育休の時間を充実させるためにはどうすれば?
育休の1ヶ月で何ができるのか?と言われますが、備えがないと意味がありません。地域や企業で用意されている両親学級などを活用して、十分シュミレートした上で「1ヶ月どう過ごすのか」、夫婦間での話し合いが大事になります。/山口さん
最初から「足並みを揃える」というのも重要だと思います。新しく始まる制度の中に出生児育休制度(出産直後に男性も柔軟に休める)があり、これを利用して、例えば、病院にお父さんが来る時間に合わせて沐浴を伝授するなど、夫婦揃ってスキルアップしていくことが重要です。このタイミングで心構えがガラッと変わるので、この期間を経て長いこれからの子育てをスタートすることができますよ。/白河さん
「足並みを揃える」重要さは、私も痛感しています。長男が生まれたのは東日本大震災の直後で通常業務ができない状況だったため、夫の会社が好意で1ヶ月間有給を取らせてくれました。結果的に育休取得となったのですが、沐浴におむつかえ、ミルクに夜泣き対応など、育児初心者である時期を共に過ごしたおかげで、夫と横並びで育児を始められました。
今振り返ってみると、この1ヶ月間は、今に続く夫との子育てにおいて、とてもいい影響がありました。男性育休などというワードがなかった10年前のことなので、これから制度化されて取りやすくなるみなさんには、ぜひ前向きな検討をおすすめします。
これまでは性別的役割分業によって支えられてきた社会でしたので、そこからダイバーシティの高い職場の在り方に変えていくことは、当然ながら、家庭を変えることにもつながっていきます。社会構造を変革するための第一歩として職場も家庭も個人も、みんな同時にアップデートしていく必要があるのですね。そして、そのためには男性育休が良いきっかけになる、ということがわかりました。何よりも過渡期であるということに、これからもいろいろな壁が立ち向かってくるかもしれませんが、次の世代につなぐために、私たち一人ひとりが意識を変えて、地続きで社会を変えていけることが見えた気がします。
ライター