コロナ禍で一気に導入が進んだリモートワーク(テレワーク・在宅勤務)ですが、新型コロナウイルス感染症の収束が見え始めた頃から、社員に出社を求める動きが増加しました。さらに今年5月に同感染症が5類感染症(以下、5類)へ移行したことで、出社回帰(オフィス回帰)はより加速しています。
こうした中、子育て中の社員をはじめ、生活と仕事を調和させてきた人を中心に戸惑いが広がっています。“フルリモート”ではなくとも、ある程度の頻度でリモートワークを継続していきたい……。柔軟な働き方を求め、子育て中の30〜40代マネジメント層に転職を検討する人が増えています。
言うまでもなく、人材流出は企業にとって大きな損失。それでもなお出社回帰の流れが加速しているのはなぜなのでしょうか。
ワーキングペアレンツのためのハイクラス転職サービス「withwork(ウィズワーク)」を運営するXTalent(クロスタレント)株式会社代表取締役の上原達也(うえはら・たつや)さんに、出社回帰から考えるこれからの働き方や企業のあり方について伺いました。
48.7%が出社回帰を全面反対
一方的な制度変更は反発を呼ぶ
編集部:御社では、6月に「コロナ禍におけるワーキングペアレンツの転職動向の変化」をテーマとした調査(※ 以下、調査)を実施されましたね。回答した人の約半数が出社回帰に全面的に反対しているという結果がとても印象的でした。
上原達也さん(以下、敬称略。上原):調査結果をみて、マネージャーや経営層など役職がある人が出社を求める傾向があるように感じました。一方で、コロナ禍でリモートワークを経験し、「出社しなくても仕事はできる、むしろメリットも多い」と感じた社員は出社回帰に対して意義を見出せない方が大半でした両者の間で“すれ違い”が起きていると感じました。
編集部:時間や場所も含めた働き方やコミュニケーション、成果についても企業と個人では視点が違うということでしょうか。
上原:企業側の声としては、「リモートワークだと人はサボる」や「成果は出ない」という声がまだまだ強いですね。あとはコミュニケーションに関しても「リモートワークでは組織の結束力が築けない。対面で会話しないと」といった声も多いです。リモートワークを経験した人であれば多かれ少なかれコミュニケーションに関するストレスを感じたこともあると思うので、「メールやチャットによるテキストのやりとりのみでは高いパフォーマンスを発揮・維持することが難しい」という意見については理解できる部分も大きいでしょう。
編集部:特に管理職は、部下への接し方に悩むことが多そうですし、リモートワーク下のコミュニケーションの課題はありそうですよね。
上原:さまざまな理由から経営者層や管理職がリモートワークのやりづらさを感じていたところに5類への移行が起こり、「出社に戻そう」と考えるようになったのだと思います。
編集部:上原さんは率直に、この出社回帰に対して、どう感じていますか?
上原:出社とリモートワークのどちらが良いかに目が向きがちですが、考えるべきは、リモートワークを取り入れた目的だと私は思います。
たとえば、コロナ禍を契機として仕事のフローや人事考課などの体制をリモートワーク前提で整えた状態で取り入れたのか、普段のやりとりや会議をオンラインに置き換えただけなのかでは、状況は全く異なります。
こうした議論をしないまま、意思決定層が「リモートワークはやりづらい」と決めつけてしまい、5類に移行したことを理由に一方的に出社を求めると、働く人の反発を招いてしまうと思います。
リモートワークができる人の働き方満足度は高い
編集部:調査では、働く人の本音が垣間見えました。調査前の仮説と結果を比べて、ギャップはありましたか?
上原:大きな違いはなく、「やっぱり」と感じることばかりでした。たとえば、フル出社の環境にある人よりも、出社とリモートワークを組み合わせるハイブリッドやフルリモートの環境で働く人の方が、働き方の満足度は約2.5倍高いです。
編集部:子育て中の方にとっては、出社がない方が負担は軽くなりますからね。
上原:意思決定層がこの点をどれだけ理解しているかが重要だと思います。極端な例ですが、都心のタワーマンションに住み、職住近接で移動手段はタクシーが当たり前、家事や育児は行わないという人であれば、「出社は大したことではない」と感じるでしょう。実際、共働きの多くはそうした暮らしとは無縁ですから、通勤時間がないというのは働く上で大きなアドバンテージになります。
編集部:調査結果で、上原さんが特に気になったことはありますか?
上原:週に許容できる出社日数ですね。リモートワークと言っても、フルリモートのケースは珍しく、ほとんどの方が出社とリモートワークのハイブリッドです。
その場合、企業は週3日程度の出社を求めることが多いのですが、働く人は「出社は週2日まで」と考える人が多い傾向にあります。「週に1〜2日までならいいと思えるけど、3日を超えるとちょっと…」と思う気持ちは、私自身も共感します。
ダイバーシティの推進やキャリアの継続にも役立つ
編集部:御社は企業のDEI(Diversity、 Equity、 Inclusion)の推進に力を入れています。リモートワークは多様な人材の活躍にどう役立つと思われますか?
上原:働く時間と場所の制約が取り払われたことで、より多くの人が働く機会を得られるようになりました。また、性別に関係なくより柔軟に役割分担をしやすい環境づくりに役立っています。
リモートワークはもともと女性向けの制度で、男性の利用は想定されていませんでした。しかし現在では、男性の利用者はたくさんいます。夫は仕事、妻は家事と育児という固定的な役割にとらわれず、状況に応じて夫が家庭中心、妻が仕事中心というふうに行動しやすくなりました。私が転職支援をした男性は、「妻が起業をしているので、自分が働き方を変えたい」と話していました。
編集部:男性の登録者数にも変化はありますか?
上原:2023年に入ってから約1割から3割ほどにまで増加しました。特にマネジメント層は家族との時間を持ちづらいと感じ、葛藤している人が多い。企業が思っている以上に、男性の仕事観は変わっています。withworkでの転職支援を通じても、そのことを実感します。
アフターコロナの働き方を考えるきっかけになる
編集部:今後、働き方はどうなると思いますか?
上原:人材紹介業に関わる立場として、企業は今後、人材の流出という「痛み」を経て、最適な働き方を見出していく段階にあると思っています。人が流動することで市場が活性化するため、出社回帰は必ずしもネガティブなことではありません。今は求職者優位の売り手市場ですから、企業は人材獲得のために試行錯誤をするはずです。
編集部:出社回帰も、新しい価値観を見出す好機になるわけですね。
上原:これまでも転職市場は、社会で起こる大きな出来事によって変化し、古い価値観から新しい価値観へと考え方をアップデートしてきました。たとえば、35歳転職限界説はそのひとつです。企業が成長するためには優秀な人材の採用が不可欠なので、能力よりも年齢を優先してその人を判断するのは賢明ではありません。40代でも転職をしてご活躍される方はいます。
今後は、コロナ禍前の働き方に戻すのか、出社は求めるがフレックスタイムを導入して働き方に自由度を持たせるのかなど、アフターコロナの働き方はどうあるべきかを企業と働く人が考えるようになるのではないでしょうか。
「リモートワークは自分に合っている」と話す上原さん。以前は仕事中心の暮らしを送っていましたが、現在は家族の時間を大切にしています。
メンバーシップ型の雇用が主流の日本では、ジョブ型雇用と相性が良いリモートワークがなじまず、出社ありきの働き方を求めるのは自然なことかもしれません。しかし、上原さんが考えるように、これまでも私たちは新しい価値観を取り入れ続けてきました。出社回帰は、良い方向に進んでいく好機ととらえることができそうです。
プロフィール
上原 達也さん
XTalent(クロスタレント)株式会社代表取締役
株式会社Speeeに新卒一期生として入社。アナリスト、人事を経験したのち、社長室にて新規事業企画や東南アジアでの子会社設立に従事。その後、JapanTaxi株式会社(現Mobility Technologies)にて、国土交通省や自動運転スタートアップとの実証実験、BtoB領域での新規事業開発に携わる。
2019年よりStartupStudioであるXTech株式会社( https://xtech-corp.co.jp/ )へ参画。
子会社としてXTalent株式会社を設立。
フルリモート・フルフレックス組織で、ワーキングペアレンツの転職サービス「withwork」、DEIコンサルティング事業を運営している。自身も共働きで2児の父として子育て中。
ライター