健康経営を推進するにあたって大切なのが、「自社に適した」取り組みを検討すること。そのためには、他社の好事例を参考にしながら、自社の取り組みに落とし込むことが効果的です。
福島県会津若松市で土木建設資材の販売などを行う有限会社ワシオ商会は、2022年度「ふくしま健康経営優良事業所」に認定された企業のひとつで、最高位となる「知事賞」も受賞しています。過去3年間、経済産業省が創設した制度であり、日本健康会議が認定する「健康経営優良法人ブライト500」にも選ばれ、健康経営において福島県を代表する企業です。
同社は、「健康経営」という言葉が社会に広がる前から、従業員の健康を守る取り組みを進めてきました。今回は、ワシオ商会の専務取締役である鷲尾一美(わしお・ひとみ)さんに、具体的な取り組みやそれらがもたらした組織への影響などについてうかがいました。
「家庭あっての仕事」
ワークライフバランスを何よりも大切にしてほしい
編集部:ワシオ商会さんの事業内容についてお聞かせください。
鷲尾一美さん(以下、敬称略。鷲尾):当社は土木建設資材の販売やレンタルを中心に、工事に使用する機械関係の修理や、物置の販売・施工などもしています。創業自体は1971年で、地域に密着しながらサービスをご提供してきました。
編集部:普段の社内はどのような雰囲気でしょうか?
鷲尾:ひと言でいうと「和気あいあい」とした雰囲気です。立場や役職を感じながらもコミュニケーションが取れていて、社内には和やかな空気が流れています。小さな企業であることも重なって、お互いがお互いの性格を分かっていると思います。
編集部:「仕事仲間」という域を超えた関係性も多そうです。
鷲尾:そうですね。「先日●●さんと釣りに行きました」のような、プライベートでの親交について話を聞くこともあります。
編集部:組織づくりにどのような思いを込めていますか?
鷲尾:やはり基本は「家庭」であり、家庭が円満であることで、はじめて仕事に力が注げると思うんです。当社としてはワークライフバランスを重要視していて、「家庭を一番大切にしてほしい」ということを、従業員の皆さんにお話ししています。
一人ひとりが健康と向き合えるよう
医師への意見書依頼や、置き型の社食を設置
編集部:健康経営の取り組みについてうかがいます。ワシオ商会さんでは、だいぶ前から健康経営に取り組まれていたそうですね。
鷲尾:そうなんです。たとえば、禁煙に関する取り組みは、20年以上前から行っています。ただ、私たちは「健康経営をしている」と意識してきたわけではないので、「健康経営」という言葉が最近になって社会に広がってきたときに、「あれ、これ当社ではずっと取り組んできたことだ」って気が付いたんです。
編集部:今まで複数の取り組みを実施されてきたと思いますが、代表的なものを教えていただけますか?
鷲尾:まず1つが、健康診断の二次検診で医師から意見書をもらっていることです。当社独自の様式を準備していて、二次検診に向かう前に従業員に配布し、医師に渡してもらうようにしています。意見書には、二次検診の結果詳細だけでなく、「今の仕事をこのまま続けても問題ないか」なども記載していただいています。
編集部:形だけで二次検診をするのではなく、従業員一人ひとりがより自分の健康と向き合えるようにしているのですね。
鷲尾:はい。さらに、再検査が必要なくても、「要経過観察」というなんらかの健康リスクを抱えている従業員にも、保健師と面談する機会を設けています。自分のからだの状態について詳しく把握してもらったうえで、翌年の健康診断までに改善できるよう努めてもらうことが狙いです。
編集部:最近特に力を入れている取り組みなどはありますか?
鷲尾:2021年10月に、置き型の社食を設置しました。社内に置いてある冷蔵のお総菜を1つ100円で購入できるもので、「お弁当をつくる負担がなくなった」「余裕を持って出社できるようになった」などの声が上がっています。
編集部:どのような経緯で導入に至ったのでしょうか?
鷲尾:以前からカップラーメンの空き容器を目にすることが多くて、食事の面で何か支援できないかと考えていました。そんな中、置き型の社食を導入している企業の記事を見つけて、リアルな感想を知るために、その企業の社長さんに直接連絡したんですよ。お話を聞いてみると、コスト面の負担以上に従業員への良い影響がたくさんありそうだったので、導入を決めました。
健康面への好影響にとどまらず、
従業員エンゲージメントや社外からの反応にも変化が
編集部:健康経営に長年取り組んできたことで、従業員の健康の変化は感じますか?
鷲尾:目に見えて分かる変化として、全体的に血圧が正常値で安定していて、現在、不安な状態の人がいません。もともと数値が高かった従業員も改善されたので、健康に対する意識が根付いた成果なのではないかと思います。企業としては「こうしてください」と押し付けたくはないので、自分たちで気を付ける習慣が身についたのであればうれしいですね。
編集部:健康経営に取り組む背景に、「長く働いてもらいたい」という思いもおありだとうかがいました。その観点での影響はいかがでしょうか?
鷲尾:従業員の定着率がかなりいいですね。それに、求人をかけていない時期でも、「ぜひ会ってほしい人がいる」と従業員が知り合いを紹介してくれるんですよ。今の当社には、従業員の紹介から入社した方が何人もいます。
編集部:ワシオ商会さんが従業員一人ひとりを大切にしているからこその成果でしょうね。
鷲尾:そうだといいですね。従業員の皆さんが「ワシオ商会は働きやすい」と思っていてくれたらうれしいです。
編集部:そこまで大きな影響があるとしたら、社外からの良い反応もありそうです。
鷲尾:そうなんです。ふくしま健康経営優良事業所の知事賞を受賞した影響で、お客様からも「先日、ワシオ商会さんの記事を見たよ」など声をかけていただけることが増えました。
従業員から先日聞いた話なのですが、物置の販売でお客様のご自宅をうかがった際に、「健康経営に取り組んでいるような、しっかりした企業さんの施工だから安心」と言っていただけたそうです。そういった周囲への影響も確かに感じますね。
今後は運動面の取り組みを強化
現状にとどまらず挑戦を続けたい
編集部:健康経営における展望を教えていただけますか?
鷲尾:コロナ禍でなかなか人が集まることができない状況が続いていたので、これからは、運動面の健康づくりに力を入れたいと思っています。実はすでに動き始めていて、今年の1月に社内ボウリング大会を開催しました。参加者は少ないかなあと見込んでいたのですが、ほとんどの従業員が参加してくれました。
ボウリングの様子は、地元の政治・経済情報誌である「財界ふくしま」という冊子の1ページ目に写真付きで掲載いただいたんです。これからも定期的に実施していけたらと思っています。
編集部:健康経営に限らず、企業として目指す姿があればお聞かせください。
鷲尾:現状にとどまらない企業でいたいですね。型にはまらずに自分たちのできることを考えて、それを形にできるよう挑戦し続けたいと思っています。
編集部:現在力を入れている取り組みなどがあれば、ぜひうかがえますか?
鷲尾:実は最近、工事現場などで使われる「ご当地バリケード」を作っています。というのも、たとえば秋田県だったら「んだッチ」、宮城県だったら「むすび丸」のように、都道府県ごとにご当地キャラなどを用いたバリケードがあるのですが、福島県ってないんですよ。そこで、「当社で作ろう!」と思って実際に着手したんです。
編集部:ちなみに、何のキャラクターをモチーフにしたのでしょうか?
鷲尾:会津地方の郷土玩具である「赤べこ」です。最近、赤べこの認知度が全国区になってきているので、これを機に、会津をPRできたらいいなあと思って赤べこバリケードを作りました。健康経営を含め、これからも新しいことにどんどんチャレンジする企業でありたいです。
【参考】日本健康会議
「健康経営」について広く目を向けると、言葉だけがひとり歩きして、制度が敷かれているだけの表面的な取り組みになっているケースも少なくありません。ワシオ商会さんの取り組みに共通するのは、根っこに「従業員への思い」があることです。従業員が次々と知り合いを紹介する現状が物語っているように、ワシオ商会さんの思いは、確かに従業員へと伝わっています。企業としての明確な思いがあってはじめて、制度としてしっかりと機能することを実感したインタビューでした。
プロフィール
鷲尾 一美さん
有限会社ワシオ商会 専務取締役
現社長との結婚を機に、1995年有限会社ワシオ商会へ入社。入社当時の従業員は、家族4人と従業員2人のみだったため(現在は従業員数20名)、事務・経理・接客・配達・集金など、できることはすべて担当。2014年取締役就任、2022年専務取締役就任。
ライター