「私らしさ」とは、相対的に見えてくるものかもしれないから
本質を考えるヒントや場を提供していきたい
ラシクで編集デスクを務める、木村志帆(きむら・しほ)さん。2022年に編集チームにジョインし、記事の進行管理を行いつつ、この度のサイトリニューアルに向けても重要な役割を果たしてきました。
自身が率いるクリエイティブカンパニー「RURBAN(ラーバン)」では、「私らしく、生きていく」を理念として掲げ、場所や価値観にとらわれない働き方を実践したり、ランニングコミュニティも運営したりする多才ぶり。まさにラシクのコンセプトともマッチしています。
ところが、「私らしく」生きられなかった過去も。秋田で生まれ育ち、抱えた葛藤。Uターン後の思い悩んだ日々。ランニングコミュニティを始めて得た変化。木村さんのお話には、私らしさとは何か、考えるヒントが詰まっています。「新生ラシク」への思いとともに聞きました。
「期待されること」と「私らしさ」のはざまで
私は、秋田県大館市(旧比内町)で生まれ育ちました。今でこそ、秋田市を拠点とするクリエイティブカンパニー「合同会社RURBAN」を立ち上げ、「ラシク」の編集や、PR会社「ハッシン会議」の仕事に携わりながら、秋田と東京、日本各地を行き来する働き方をしていますが……このワークスタイルに行きつくまでには、たくさんの葛藤の日々がありました。
なぜ「私らしさ」を大切に思うのか。ルーツを考えると、葛藤の多かった幼少期にさかのぼります。相反しているかもしれませんが、私は「周囲の大人たちが期待すること」を決して裏切らない子どもでした。その反面「期待されること」の中で、自分らしくやっていける環境をつくるにはどうしたらいいか。そんなことを戦略的に考え、トライ&エラーを繰り返すところもありました。幼いころから、すでに周囲との価値観の違いを感じていましたね(笑)
周囲とうまく順応しつつも、当時のモチベーションはとにかく、秋田を出て東京に行くこと。推薦入試で合格した、お茶の水女子大学では地理学を学びました。学業に没頭したり、アルバイトに精を出したりして、充実した日々を過ごしましたが、卒業後は秋田へ帰郷。
当時は、どうしてもやりたいことが見つからなかったし、生き方を考えるうえでのモデルケースも乏しくて。「周りの期待に応える」という発想も捨てられず、公務員という職を選びました。でもやっぱり苦しくなって、結局退職。今思えば、「どう生きていきたいか」という思考を停止して、「楽」を選んだ結果のひずみでした。
「志帆ちゃんだからできることがあるんだよ」
そこからは4年ほど、沈んだ日々を送っていました。変わらなきゃいけないと思いながらも、どうしたらいいか分からない。そんなとき、ふと思い立ちました。走ったら自分は変われるんじゃないか。名古屋ウィメンズマラソンを走ろう、と。
いきなりフルマラソンなんてどうかしていると思いますが、運動部出身ですし、「走り切る」と目標設定をしたんです。目標さえできてしまえば、受験勉強と同じでゴールに向かって走るだけ。練習はきつかったですけど、2014年、無事に完走することができました。
当時、私はひとりで練習していたのですが、女性が「ぼっち」で走っているのは秋田では珍しいこと。とにかく目立ちたくない一心だったので、学生時代の体育着を着て、スッピンでこそこそ走っていたんです。でも走りながら「若い女性が楽しく集団で走っていたら、秋田も明るくなるよな~。スタイリッシュに明るく走る20〜30代の姿が街なかにあったら? 走る人が街の風景の一部になったら、秋田がもっと素敵に見えてくるのでは?」と思ったんです。
そんなとき、知り合いの元実業団選手がこう言ってくれたんです。「楽しく走った原体験が、今の自分をつくっている。でも、アスリートである俺たちが走る場をつくっても、何かが違うものになってしまうかもしれない」。そして「志帆ちゃんだからできることがあるんだよ」と。
こうして、2016年に始めたランニングコミュニティが「Good Morning Run」です。約5kmの道のりを、みんなで無理のないペースで走り、運動をしながらゆるく交流するコミュニティです。秋田で始めたGood Morning Runは、今では東京や湘南、川越など各地でも行うようになりました。
その後、徐々にランニングイベントの企画や運営を委託していただく機会も増え、さらにそこから派生して仕事へと発展することもあり、私に内在していたマネジメント力や企画力が磨かれていきました。この経験は、「つねに全体を見通し、良い流れを管理する」という編集デスクとしてのスキルにも通じているし、自信のベースにもなったと思います。
全体が「調和」の流れにあるとき「私らしさ」を感じる
Good Morning Runを始めたことは、私自身の転機でした。ずっとひとりで生きているような気持ちがどこかにあったのですが、仲間ができたことは本当に大きくて。他人が思う「当たり前」に合わせることなく「世の中のセオリーをも崩してみよう」と、気持ちのコアを強く持てるようになり、同じ志をともにできる人との出会いも増えていきましたね。
2019年には、秋田市を拠点とするクリエイティブカンパニー「合同会社RURBAN(ラーバン)」を立ち上げました。RURBANとは、「RURAL(田舎)& URBAN(都会)」を意味する言葉で、アメリカの農村社会学者が提唱した概念でもあります。
「田舎か都会かのどちらか一択ではなく、その間でちょうどよいバランスを探していきたい」。そう願う仲間たちが集っていて、私自身も秋田と東京や、日本各地を行き来しながら仕事をしています。
メインとなる事業は、ブランディング事業、女性キャリア支援事業、スポーツマネジメント事業の3つですが、私は全体の指揮者のような感じでしょうか。具体的には、各プロジェクトの企画運営を中心に、デザイナーと依頼側の調整やスタートアップの支援もしています。
一人ひとり違う仲間がそれぞれの能力を発揮しながら、全体として調和して同じゴールに向かう。その流れの中に身を置いているとき、私は一番「私らしさ」を発揮できているのかなと感じますね。
最近は、各地で生まれた縁を結んで、秋田に関わる素敵な女性がつながる「あきたじょし」というプラットフォームをやってみようと思っています。以前形だけ作ってみたんですが、走り出せずにいました。今がそのスタートだと思えるタイミングに感じています。
自分らしく生きるためのヒントを提供していきたい
ラシクには、2022年の春から携わっています。編集デスクとして、取材依頼やライターさんとの調整、原稿のチェックなど、スムーズな進行全般を担っています。
きっかけは、ラシクの前編集長から、ラシクが今後のリニューアルを見据えデスクを募集していると聞いたこと。RURBANは「私らしく、生きていく」を理念にしていますが、よく耳にするものの、「私らしく」とはどういうことなのか、奥深い概念なので本質を伝えるのは難しいとずっと感じていました。
そんなとき、すでに打ち出されていたラシクのリニューアル方針(ニューノーマルを生きる 人と組織・チームのメディア)を聞いて、「記事を通して、自分が伝えたかったことを伝えられるかもしれない」と直感しました。
過去の私は「自分が求めるものは秋田ではなく、どこかにあるはず」と期待していました。でも、自分が求める未来は自分でつくらない限り実現しないんですよね。「あったらいいな」は自分で作ること。それが「私らしく」生きることにつながっていくのではないでしょうか。
秋田の若者の中には、かつての私のように、この土地だけで生きていくことに葛藤を抱えている人もいるのではと思っています。これに向き合うには、私は「具体と抽象」を何度も行き来する必要があると思います。やりたいことをやってみて、そして自分に落とし込んでいく実験的プロセスですね。
そのためにも、自分の肌で感じて考えるための場を街の中に増やしていきたくて、Good Morning Runをはじめ、朝活・夜活を中心にさくっと気軽に立ち寄れるイベント「mekke(めっけ)」なども主催しています。秋田の子どもたちには、自分で動いて形にする経験をぜひしてもらいたいなと思っています。
「私らしさ」というのは、案外、鏡のように相対的なものかもしれません。自分を深堀りしていく方向もありますが、さまざまな生き方の事例やインタビューを目にすることが、「私らしく生きるとは?」を考えるヒントとなることもあります。これからもいろんな方と協力しながら、新生ラシクを通して「私らしく」の本質を伝えていきたいと思っています。
取材/文:ライター・近藤圭子
ライター