客室乗務員から地域創生の担当へと
ANAグループで歩む「自分らしい人生」
自分らしいキャリアを築く方法はさまざまです。社内で異動を希望するのか、転職をするのか、あるいは、今の仕事を続けながら副業を営むか、兼業に取り組むか。選択を迷っている人は多いと思います。
今回インタビューしたのは、ANAあきんど株式会社(以下、ANAあきんど)に勤務する諏訪自子(すわ・よりこ)さん。客室乗務員として全日本空輸株式会社(以下、ANA)に入社し、総合職への職種転換を経て、地域創生を担当する現勤務先に出向しました。19年間、ANAグループ一筋で自分らしいキャリアを築いてきた諏訪さんに、これまでの経歴や大切にしていること、仕事のやりがいについて語っていただきました。
「何度もその地域を訪れてもらえるように」
部署設立のタイミングで自ら出向を希望
私がANAに入社したのは2005年。最初は客室乗務員として国内線を、5年後からは主に国際線を担当するようになりました。
客室乗務員に憧れを持ったきっかけは、高校生のころ、ニュージーランド留学で乗った飛行機でした。外国人スタッフばかりの中、唯一の日本人スタッフの方がとっても丁寧に接してくださって。そのときの「素敵な仕事だなあ」という思いがずっと残っていたので、就職活動のときにANAに応募しました。
客室乗務員として過ごした日々は、かけがえのない経験でした。外国籍の方を含め、数えきれない方々と接して、多様な価値観や文化に触れながら、人として大きく成長できたと思っています。
客室乗務員の職を離れる転機となったのが、入社から15年が経つ2019年。総合職の皆さんと仕事でご一緒する機会が増えたことです。会社全体を広く見渡しながら、従業員とお客様にとってより良い組織をつくる。そんな総合職の仕事に魅力を感じて、思い切って職種転換の試験を受けました。
転換後は、主に国内観光振興とインバウンド(訪日外国人旅行)の事業を担当することになりました。けれど、すぐに新型コロナウイルスの流行が始まってしまって……。会社として地域創生事業に力を入れようとする中で「ANAあきんど」が設立され、観光を担当していた私に上司から出向の話があったんです。
ANAあきんどは、地域創生事業と航空セールス事業を行っている会社です。地域創生事業では、全国に33ヵ所の支店を持ちながら、「地域のコンシェルジュ」として商品の企画・開発・販売や国内外からの誘客促進の提案・支援などをしています。私たちは、どんなお悩みであっても「難しい」「できない」とは言いません。お客様の「これがやりたい」を可能な限り形にするために、できることに目を向けながら、その実現に尽力しています。
ワーケーションを軸に関係人口を創出
「物をひとつ買うだけでも地域創生につながる」
現在私は「ワーケーション」を通じた関係人口の創出に取り組んでいます。大きなテーマは、お客様にその地域を好きになっていただき、何度も何度も訪れていただくことです。主に自治体と連携しながら、地域の魅力を最大限に引き出せるよう努めています。
たとえば北海道滝川市では、仕事をしながらグライダーを楽しめる「スカイワーケーション」を開催しました。現在は、愛媛県しまなみ街道を舞台にした「親子ワーケーション」を準備中です。
「地域創生」って、言葉だけを見ると「大きな取り組み」といった印象を受けるかもしれません。実際に「地域創生って壮大すぎて、興味はあるけれど私にはできない」という声をよく聞いたりもします。
けれど、実は身近なもので、地域の特産品をひとつ買ったり、ふるさと納税をするだけでも地域創生になります。肩の力を抜いて、皆さんそれぞれの関わり方を見つけてほしいなあと思います。
この仕事をしていると、たくさんの喜びがあります。地域の方たちと接する中で、普段の生活だけでは知りえない世界を知ることができるんです。首都圏や都市部だけが日本を盛り上げていると思われがちですが、地域にはたくさんの「すごい人」がいます。「地域で頑張っている方々が日本を盛り上げている」という側面に触れられるのは、とても楽しいんですよ。
とはいえ、難しさを感じる場面もあって、特に現地の皆さんとの距離を縮めるのは時間が必要とされるものです。大切にしているのは、私たちが「地域を盛り上げたい」という熱量を持って、正面から向き合うことです。そうすれば、次第に心を開いてくださるようになるし、最終的には「一緒におもしろいことをしよう」と手を取り合いながら前進できることが多いように感じます。
当社の本部は東京・日本橋にありますが、私たちは毎週のように現地に行って、顔を合わせて対話しています。程よい距離感で接しながら、お互いの間にある緊張感やバリアをほぐしていくのは、客室乗務員時代の経験が生かされているのかもしれません。こうやって話していると、人とのつながりが確かなものとして広がっていくことは、むしろ「やりがい」なのかもと思えてきますね。
コロナ禍で「食べるものも変わった」
働き方や生活の変化もポジティブに
ANAグループに長年勤務してきましたが、その中でも、自分の常識が大きく変わったきっかけがコロナ禍でした。出張時の代替的な働き方だったテレワークが基本スタイルになって、時間の捉え方や使い方が大きく変わりました。特にライフスタイルの変化は大きかった。自分のために使える時間が増えたので、自己学習をしたり、ヨガや100キロウォークに挑戦したり、そのときだからできることに取り組みました。
食べるものも変わったんですよ。自炊をまめにするようになって、食事のバランスを考えるようになったし、ANAあきんどに出向してからは、地域のものを積極的に食べるようにもなりました。今では、出張先の道の駅で、その地域の野菜を買うのが楽しみだったりします。
長期にわたる行動制限などで、会社としては大変な時期だったし、今後の経営がどうなるのかという不安はありました。けれど正直、自分の将来に対する不安はなかったんです。楽観的なだけかもしれませんけど、昔から状況が変わる中でも「なんとかなるだろう」とポジティブに構えるタイプで(笑)
これまでの日常がいつか戻ってくる。そう信じて今できることに集中していたら、幸い、以前のような日常が戻ってきました。
コロナ禍ではたくさんの困難があったけれど、個人的には、悪いことばかりではなかったと思っています。働き方が変化する中で「一人ひとりが違った考え方を持ちながら働いていいんだ」と思えるようになりました。ANAグループ自体、もともと多様性を大切にする会社ではありますが、今は、前以上に個々の価値観を大切にする空気が流れていると感じます。
世界中の人々に、日本をもっと好きになっていただきたい
ANAグループ一筋でキャリアを積んできた私ですが、日々の仕事において、自分なりに大切にしてきたことがあります。それは、自分も仲間も楽しめるような取り組みを考えることです。自分たちが楽しまないと仕事ってうまくいかないと思うし、そもそも自分たちが楽しくないとお客様も楽しめないと思うんです。これからも、仲間たちと喜びを共有しながら、同時に、自分らしいキャリアを歩んでいけたらいいですね。
私が関わっている事業のこれからの目標は、日本人はもちろん、インバウンドの方々にも地域の魅力を知ってもらうこと。日本は有形無形の魅力にあふれているので、一般的に知られていないような魅力も伝えて、もっともっと日本を好きになっていただけたらと思っています。
個人的な夢としては、世界中の人がANAの飛行機に乗って、日本の地域を訪れてくださることを掲げています。客室乗務員時代にキューバに行ったとき、空港で現地の方が盛大に歓迎してくれたんですよ。現地の方々が飛行機を迎え入れてくれること自体が珍しいのですが、そのときに「このかっこいい飛行機はどこの飛行機だ」と言ってくれたことが本当にうれしくて。
世界には、ANAのことを知らない人がまだまだたくさんいます。ひとりでも多くの方に、「この飛行機に乗って日本を旅したい」と思っていただきたい。そのために私にできることを探していきます。
企画・編集/小山 佐知子
ライター