会社を辞めたいわけじゃない。会社も辞めてほしいわけじゃない。
人材が多様化する時代の「会社」と「個人」の付き合い方のヒント【後編】
“なんとなく育休”をなくしたい! という思いで育休コミュニティ「MIRAIS」を立ち上げた栗林真由美さんへのインタビュー。前編では「MIRAIS」の運営を通して、ご自身の経験や、多くの育休女性と関わる中で得た、自分らしい暮らし方と向き合うためのヒントについてうかがいました。そして今回、後編では会社と自分を両立させていくためのヒントをお届けします!
前編はこちら
2015年の栗林真由美さんのインタビューはこちら
会社の外で自由に経験を積むことは、会社の仕事にも活きてくる
編集部:2018年に栗林さんが立ち上げられた育休コミュニティ「MIRAIS」、参加者は会社員の方が多いのでしょうか?
栗林真由美さん(以下、敬称略。栗林):フリーランス、公務員の方などもいらっしゃいますが、やはり会社員の方が多いです。ただ、一口に会社員と言っても、 メーカー、人材、金融、サービス業と、職種の幅がとても広いのが特徴です。活動はほとんどがオンラインなので、全国から参加があります。国外から参加される方もいますね。
編集部:全国から! ニーズがそれだけあるということですね。前編で、「MIRAIS」では「自分のテーマを決めて、そのテーマに沿って自由に活動する」とうかがいました。会社の枠を超えての「MIRAIS」の活動には、どのような意義があるのでしょうか。
栗林:「やりたい」という気持ちさえあれば、未経験でもチャレンジができるのは、会社にはない魅力だと思います。「MIRAIS」の活動は、大きくわけて2つ。広報、運営など、会社でいう部署のような「チーム活動」と、趣味などが近い人が集って行う「部活動」があります。どちらもやりたい気持ちさえあれば、経験不問で、ノーリスクで好きなだけチャレンジできます。会社の中でそのような新しいチャレンジをするには、異動や配置換えが必要で、ハードルが高くなりがちですよね。
編集部:確かに、会社内で未経験分野へ挑戦する機会は、年次があがるごとに減っていく実感もあります。また、自分の希望だけでは通りづらい職務もありますね。
栗林:会社の中で積めない経験も、社外ならば積める機会がある。会社の中にチャンスがなくても、外を探せばあるかもしれません。
編集部:社外活動での経験は、社内での仕事にも活かせそうです。
栗林:相乗効果はあると思います。実際、「MIRAIS」を卒業した復職者から「育休を取る前よりも仕事に対してポジティブになっていたことに驚かれた」という話もよく聞きます。やりたいことが明確で、自分のスタイルが確立できていれば、自信にもつながりますよね。いわゆる「バリキャリ」的な仕事優先のスタイルでない方であっても、限られた時間内でメリハリをつけて成果を出すためのタイムマネジメントのスキルが仕事に活かせたり、やりがいを持つことでイキイキと働けたり、「MIRAIS」を卒業した復職者のように、会社の外での経験が仕事に良い影響を与えることは、実は意外と多いのではないでしょうか。
編集部:それならば、個人で動くだけでなく、会社側も、積極的に会社外での活動を推奨してほしいですね。
栗林:ええ、社外での活動は、会社にとっても良い効果があるのです。私の例で言うと、「MIRAIS」での運営を通して育休取得者は復職前より、産休前の方が「育休中に何をしていいかわからない」、「どう言った生活になるのかイメージできない」と言った不安が大きいことに気づきました。
多くの会社は「支援」として復職直前に「復職者向けセミナー」などを実施するところが多いのではないでしょうか。しかし、私はこのリアルな声を元に、産休前のサポートにこそ力を入れた方がよいと感じたので、現在、本職の会社で「産・育休前セミナー」を企画して働きかけているところです。
「会社」と「ワーママ」ではない。「会社」と「個人」の関係を作る。
編集部:栗林さんは、多くの育休復帰者を見てこられたと思います。育児をしながら、会社でも自分らしく働くにはどのようにしたらよいのでしょうか。
栗林:「マミートラック」という言葉もありますが、産・育休後に、急に扱いが変わるという話もよく耳にします。もっとチャレンジしたいと思っているにも関わらず、良かれと思ってバックヤードに配置した、という事例もそのひとつ。しかし、子どもがいるからといって、その人の能力が子どもがいる前より落ちるなんてことは絶対にない。時短勤務であっても、単に労働時間が短くなるだけで、やり方を変えればいいだけ。個人の能力には関係のない話です。会社側は、ワーママだからといって特別扱いしたりする必要はないと思います。
編集部:「ワーママ」といっても、どのように働いていきたいか、個人個人の気持ちはそれぞれ違いますよね。マミートラックの逆で、本人がオーバーワークに感じていても、会社は女性活躍を推進したくて管理職に推しあげるということもあるかもしれません。
栗林:対話不足のミスマッチはもったいないですよね。会社側はどうしても「ワーママってきっとこう」と一括りにして捉えてしまうところもあると思うのです。しかし、「ワーママ」なんて人はいなくて、「会社」と「個人」のはず。だからこそ、「一個人」として対話をしていく必要があるのではないでしょうか。昨今、働く人は多様化していて「ワーママ」だけが何も特別な存在じゃない。それぞれの立場で「会社」と「個人」として関係を築いていく時代だと思います。
編集部:なるほど。「対個人」ではなく、「対ワーママ」というイメージで一括りにするからミスマッチが起きるのですね。
栗林:はい。ミスマッチをなくすために、会社側も「個人」に向き合う必要がありますね。それと同時に、個人側も、もっと自分のことを会社に主張したほうが良いと思います。「察してほしい」ではなく、「自分を伝える努力」も必要なのです。ここは強く伝えたい。
編集部:確かに、伝えないと、会社側もその人が、何をどうやりたいと思っているのかは、わからないですね。
栗林:私が育休復帰後の方と話していて感じるのは、仕事の内容に違和感があっても、伝える前に「そういうものだ」と諦めてしまうことも多いということ。「私は育児中だからきっと邪魔だと思われている……」「上司にこのようなアサインをされたからこう思われているに違いない」と思い込んでしまっているのです。そういうとき、私は、「それ、本当にそう思われているか確認した?」「その思っていること、ちゃんと伝えた?」と聞くようにしています。
編集部:自分自身も、「ワーママ」「働く女性」として括られるのではなく「個人」として対話する姿勢をもっていけると良いですよね。
栗林:そうですね。待っているだけでなく、働きかけてみると、お互いの誤解がとけるかもしれません。
会社側とのコミュニケーションのコツは、「会社側」の立場も考えること
編集部:「MIRAIS」の卒業生の方が前向きに職場復帰できているのは、やはり、自分の「テーマ」=やりたいことが明確だからでしょうか?
栗林:それは前提にあると思います。しかし、実は「やりたいこと」が明確なだけでは、会社の中でうまく自分の理想の働き方を実現できないこともあるんです。
編集部:そうなんですか!?
栗林:はい。「MIRAIS」では、復職前に「復職面談シート」を書いてもらっていて、それを私が添削することがあるのですが、「私こんなことやりたいです!」や「こんなことやってきました!」をただ主張するだけの方も多いんです。
編集部:何が問題なのでしょうか。
栗林:一言で言うと、復職面談の相手(上司)の立場に立っていないということです。自分が会社の外でしてきた経験がどのように会社にメリットがあるのか、どう貢献できるのか、なぜ私にはそれができるのかを伝えなければいけません。個人の主張を会社に通すには、自分の「プレゼン」が必要です。
編集部:なるほど。それは復帰直後に限らず、会社内でチャレンジしたいときや、会社の許可が必要な副業などを相談するときも大事ですね。栗林さんご自身も、会社員でありながら「MIRAIS」の運営もされていますが、会社側ともうまく相談ができているのでしょうか。
栗林:私は第二子の育休中に「MIRAIS」を立ち上げましたが、復帰するときに、この活動は社会的に意義があると思うので、仕事をしながら続けますと、上司はもちろん、社長にも直談判しました。なので、コソコソしているわけではなく(笑)。お昼休みなども使って両立させています。社長にも「意義のある活動ならばぜひ続けるべき」と応援してもらえています。本当にありがたく感じています。
編集部:社長にも応援されているとは、栗林さんの「プレゼン」の力を感じます。
栗林:副業などの社外活動に関しては、すぐに会社側が理解を示してくれないこともあるかもしれません。そういうときは、態度で示して会社側の意識を変えていくのもひとつの方法です。私自身「MIRAIS」の運営で得た知見は、会社の仕事にもとても活きていると感じます。自分が得たスキルを、会社の仕事に反映していけると、周囲の人たちが「最近、イキイキしているな」「業務の質があがっているな」と気付き始め、話も聞いてくれやすくなるはずです。
編集部:会社と個人がうまく付き合っていく方法のヒントがたくさんありました! 会社側も個人側もそれぞれできることがまだまだあるように感じます。貴重なお話を、ありがとうございました。
育児をしながら働く。会社員の場合は会社側の都合もあり、個人の自由度が少ないように感じてしまうこともあるかもしれません。しかし、栗林さんのお話をうかがうと、「会社員だからできない」ことはないと感じます。
また、ワーママだけが「多様性」の象徴ではないというお話も印象的。会社側も、対「個人」と対話していくというマインドセットが必要という問題提起もありました。
「会社」と「個人」の付き合い方はまだ発展途上。かけ違いをなくすためにも、会社側も個人側も、関係性を築いていく努力を放棄してはいけない。栗林さんのように、「自分」と「会社(相手)」両方の視点で考えながら、自分のことを会社側にプレゼンしていくのもそのひとつ。会社にいながら、自分のやりたいこと、自分らしいくらしをしていくヒントをたくさんいただくことができました。
自分のプレゼンをするために、「自分の軸=テーマ」を決めることを中心にうかがった前編もぜひご覧ください。
プロフィール
栗林 真由美さん
育休コミュニティ「MIRAIS」代表
1982年生まれ。夫と2歳と6歳の娘さんの4人暮らし。
IT事業会社に勤務するかたわら、1人でも多く有意義な育休を過ごせるよう、産育休者を対象とした育休コミュニティ「MIRAIS」を主宰。その他講演や執筆活動などを通し、「あきらめない女性を増やしたい」という自身の想いを実現すべく精力的に活動中。
文・インタビュー:あさのみ ゆき
ライター