災害時やアウトドアでも「炊きたて」ごはんを
廃棄部品からたどり着いた新たな“かまど”
2023年創立100年を迎えた魔法瓶の老舗企業・タイガー魔法瓶株式会社。魔法瓶だけでなく「炊きたて」にこだわった炊飯器を販売し続けてきた同社から今年「魔法のかまどごはん」という名の炊飯器が発売されました。こちらはガスや電気ではなく「新聞紙」を熱源としたもの。アウトドアや災害時でも使えるこの製品が開発・発売された背景にはどういった経緯や思いがあったのでしょう。発案・開発者の村田勝則さんにお話を伺いました。
思いがけない異動の先に見えた「やれること」
編集部:「魔法のかまどごはん」の開発秘話を伺う前に、村田さんのご経歴についてお聞かせいただけますか?
村田勝則さん(以下:村田):はい。モノづくりがしたいと91年に新卒入社して以来29年間、すべての製品の試験評価、量産品質を管理する品質管理という部署にいました。モノづくりの起点となる開発とは違うフェーズではあるものの、直接モノづくりに密に接する部署で、最終的にはプレイングマネジャーとしてあらゆる製品に関わっていました。
編集部:その後2020年にカスタマーサービスへ異動されたわけですが、希望されたのでしょうか?
村田:いえ、まったく(笑)。正直、異動したくなかったですね。モノづくりへのこだわりもあったので。
でも、すぐに品質管理を長年行ってきたからこそできることを、異動先で見つけることができました。それは紙ベースでしかなかった修理に関する情報をWeb化することでした。属人的に蓄えられている製品や修理の知識伝達を紙ではなくWebで行うことで、アップデートもしやすく、フィードバックも容易にできるようにしました。それによって修理のレベルを上げることができるようになってきたんです。
編集部:確かに、紙だとアップデートに費用も時間もかかりますね。修理にあたる方々みんながフィードバックを入力できればデータも蓄積されますし。
村田:はい。残念ながら、今回の「魔法のかまどごはん」の開発が決まった時点でカスタマーサービスは離れてしまいましたが、嬉しいことに後輩が後を引き継いでくれていて成果も出てきているようです。
アフターフォローの手厚さゆえの産物。廃棄にもコストが!
編集部:異動されてから、修理マニュアル関連以外に見えた課題が今回の開発に繋がったのですよね?
村田:そうです。異動先のカスタマーサービスでは、お客様からのお問い合わせや修理の受付はもちろん、補修用部品の管理もしていました。
補修部品はお客様に愛着のある商品を使い続けていただきたいという想いから、当社では業界の規定よりも長く発売後10年間ストックを持つ決まりになっていて、10年後は基本破棄されます。共通した部品もありますが、ほとんどは製品ごとのオリジナル。新製品が出るたびに部品は増え、その分不要となるものも相当数ありました。
編集部:10年もですか?! 故障は予測し難いですし、故障しにくい製品であればあるほど補修部品は残ってしまいますよね。管理は大変ですね。
村田:その中でも、原材料の関係で追加発注が難しいため量産終了時に10年分をまとめて作らなければならず、主要備品なので単価も高く、しかもリサイクルが困難で、破棄も容易でないものが炊飯器の“内なべ”だったんです。物によっては廃棄の時に費用がかかるものもあります。環境のことを考えても、これらをなんとか再利用できないか?と考えはじめました。
編集部:お金を払って破棄ですか…。そこから「魔法のかまどごはん」に行き着いたのですね。でもなぜ「新聞紙」だったのでしょう?
村田:学生時代にアルバイトで野外活動施設で働いていた時に1度だけ新聞紙でご飯を炊いたことがあったんです。正直、味はあまり覚えていなくて、1度だけしかやっていないということは当時はあまりうまく炊けなかったのかもしれないんですが、29年間の品質管理の経験から今度はうまく炊ける絶対的自信が湧いてきました。
それに新聞紙は身近にあるものですし、災害時で電気・ガスが止まっていてもご飯を炊くことができます。
編集部:確かに、新聞紙なら入手が容易ですね。そのアイデアをどのように事業化していったのでしょう?
村田:「シャイニング制度」という社内事業アイデアコンテストを利用しました。シャイニング制度は2017年から計3回行われていて、私は毎回応募し、今回で3回目の応募でした。前2回は親の介護施設の「(配膳される)食事が冷める」という課題を魔法瓶の技術を活用して解決する内容だったのですが、書類審査通過までで終わってしまっていたんですけどね。
重ねに重ねた試作は70にも!
事業化に漕ぎ着けた秘策とは?
編集部:リベンジ企画ですね。魔法瓶の技術を使って介護施設で暖かい食事を提供するアイデアも十分に素晴らしい企画だとは思いますが、今回は何が違ったのでしょうね?
村田:いいものを作っても、PRができなければ採用されないんです。品質管理の部署にいた際に特許をいくつか取ったにもかかわらず、営業などにうまく伝えられず、セールスポイントとしては使ってもらえなかった経験もあります。
ですので、今回シャイニング制度に応募する際には、広報のメンバーを仲間に引き入れ、魅力の言語化に協力してもらいました。
編集部:なるほど、アピールのプロを巻き込んだんですね。
村田:しかも、2023年はタイガー魔法瓶の会社創立から100年、またその名を知られるようになったきっかけでもある関東大震災*から100年なんです。その節目の年に、防災の観点から災害時にも使えるコンセプトは、「炊きたて」を大事にしてきた会社だからこそ、書類審査を通過し、経営陣を前にしたプレゼンでも「やってみればいいんじゃない」とすんなり事業化が決まりました。実は、3回のシャイニング制度で事業化にゴーが出たのは、これが初なんです。
ただ、プレゼン資料は仲間の添削で真っ赤でしたけれども(笑)。
編集部:プレゼン時に提出したものを初め、実に70もの試作品をご自身で作られたとか?
村田:プレゼンに提出した試作品は植木鉢を使ったものでした。事業化が決まってすぐに商品企画の部署に異動し、本格的に試作を開始しました。コロナ禍だったこともありますが、作業場所の問題などもあって基本は自宅で作りました。家族は「何やってるんだろう?」と思っていただろうし、庭をセメントで白くしてしまったときには妻にちょっと怒られました(笑)。
内なべをはめる「丸いもの」を探すために、100円ショップやホームセンターなどを回っていろいろものを試しましたね。良さげなものは買い占めたので、お店の人はなぜそれが売り切れるのか不思議だったかもしれません(笑)。
*関東大震災時、納品された商店の中で1本も割れなかった魔法瓶としてタイガー魔法瓶は有名に。
非常時であってもおいしく食べてほしい
“簡単に”より“おいしく”にこだわり
編集部:実際に出来上がった製品はどんなこだわりが詰まったものになったんでしょうか?
村田:防災の観点から「簡単に炊く」ことを重視すれば新聞紙の投入時間は一定の方が良かったんですが、たとえ災害時であっても「おいしく炊く」にこだわりました。
新聞紙の投入口の数や大きさ、新聞紙1枚分を投入してから次を投入するまでの時間など、試作を重ねに重ねて、最後は投入口2つ、1分半おきに左右交互に新聞紙を6回投入したら、投入間隔を1分にする形態・方法に落ち着きました。投入口の大きさはたまたま弊社製品のステンレスボトルの経口がピッタリだったんですよ!
編集部:タイガー魔法瓶さんでできるべくしてできた製品って感じがしますね。
村田:結果、炊飯の理想的な火加減といわれる「はじめチョロチョロ中パッパ」で炊けるものになりました。そこにこだわって良かったと思います。
編集部:実際に(予約)発売されての反応はいかがですか?
村田:プレゼン前の試作をはじめ、まずは廃棄予定の内なべを使ったモデルをBtoB向けにご提供し、概ねご好評をいただきました。BtoC向けは新たな内なべを使用したものですが、製品発売後も予想以上の予約をいただいています。防災用以外にアウトドア需要も一定数あるようだと聞いています。
編集部:防災用に各自治体など避難所となるところに常備しておくのも良いかもしれませんね。今後の展開はどのように考えておられますか?
村田:震災と同時期に歴史が始まった我が社ですので、この次の100年も防災について皆と一緒に考えていけるといいと思います。
加えて私個人の思いとしては、炊飯器が壊れてしまえばご飯が炊けない(鍋で炊いたことがない)家庭が増えている中で、子供たちに「火を使ってご飯を炊く」という経験をしてもらいたいです。「生きる力」につながると思いますから。そのためにイベントなどを通じて「魔法のかまどごはん」を体験してもらえる機会を増やしていけたらと思っています。
「かまど」と聞くとアナログな感じがしますし、実際新聞紙を燃やしてご飯を炊くというアナログな行為なのですが、それはサスティナビリティ、環境問題、防災など現代社会が抱える問題解決へ繋がる道であり、本来その道はアナログでシンプルなのではと感じるお話でした。そして、村田さんはじめタイガー魔法瓶の方々がこだわる「炊きたて」。災害時であっても、災害時だからこそ、そのおいしさがあれば、心強くなれるのではないかと感じました。村田さんご本人のやりたいことでもある電気・ガス以外で「ご飯を炊く」経験のイベントも全国で広がってほしいですね。新米時期にどうでしょう?
プロフィール
村田勝則さん
「魔法のかまどごはん」プロジェクトリーダー
1991年入社。入社後は品質管理に在籍し、2020年にカスタマーサービスに異動。
シャイニング制度を利用し、「魔法のかまどごはん」を企画、
現在は商品企画第2チームでプロジェクトを担う。
ライター