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2023.08.23 2023/08/24

Uターン後、大手からベンチャーへ
「成熟」をテーマに社会と人生に向き合う

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Uターン後、大手からベンチャーへ <br>「成熟」をテーマに社会と人生に向き合う

Uターン転職は、自分らしい働き方・生き方を実現させるための手段のひとつです。「愛着のある地元に貢献したい」「子育てを地方でしたい」。さまざまな思いから、Uターンを考えている人がいると思います。

一方で、キャリアや生活が一変するなどの理由で、実行に踏み切れない人も多いのではないでしょうか。

仙台を拠点に地方創生に取り組む、株式会社Wasshoi Labの取締役専務・吉川恵津子(きっかわ・えつこ)さんは、首都圏で8年就業した後、2013年に地元の宮城県にUターン。2019年には、ある思いを持って、大手人材サービス会社から現在の会社へ転職しました。

自分と向き合いながら人生の舵をきってきた吉川さんに、これまでの歩みや大切にしている考え方などを語っていただきました。

大震災を機に人生を見つめ直しUターン
地方で感じた「仕事に対する悩みの違い」

吉川 恵津子さん

私は宮城県で育ち、埼玉の大学を卒業して大手人材サービス会社に就職しました。「人の人生に関わる仕事がしたい」という思いがあったので、誰もが多くの時間を費やす「仕事」に関わる人材業界であれば、探求心を持って働き続けることができると思ったんです。

入社後は、首都圏でキャリアコンサルタントや財務経理の仕事を担いましたが、6年目を迎えるころに転機が訪れました。第一子の妊娠と、その直後に起きた東日本大震災です。

以前から「子育ては地方でしたい」と漠然と思っていて、子どもができたら将来的には私の地元・宮城にUターンしようかと夫婦でよく話していたんです。「首都圏でキャリアをしっかり積んでからUターンするのが合理的だろう」という考えもありました。

けれど震災を機に、「大切なのは今どうしたいか、じゃないか」「“いずれ”を待つより、今の状態でチャレンジしたほうがいいんじゃないか」と考えるようになって。夫と話し合った結果、2013年に宮城に移住して、私は同じ会社の支社でキャリアコンサルタントとして働くようになりました。

地方でのキャリアコンサルタントという職を通して感じた「都市部と地方の仕事に対する悩みの違い」は、今でも私の活動の原動力になっています。

首都圏では、「クリエイティブな仕事がしたい」「服装が自由な職場がいい」など、労働条件そのものを軸に転職活動をする方も多くいらっしゃいました。一方で、地方で求職者の悩みをお聞きすると、「育児で仕事から離れていたけど復帰したい。でも正社員求人がない」「東京で働いていたときと比べて、年収が半分以下の仕事を紹介され、自分の人生を否定されたような気がした」など、外部環境や固定観念に起因する悩みが多かったんです。

悩んでいる方々がお帰りになられるとき、私はその背中を見ながら祈ることしかできない。しかも帰る先は、結局、今までと同じ環境。そのモヤモヤが日を追うごとに大きくなって、私は次第に「社会構造そのものにアプローチできないか」と考えるようになりました。

地方創生に挑む会社でバックオフィス全般を担う
小規模の会社だからこその「やりがい」

会社の仲間たちと

やるせない思いを抱えているとき、以前から知り合いだった現職の社長に、転職の契機になるお話をいただいたんです。「社会を急に変えるのは難しい。まずは、あなたが会社の人事として、社員が充実した日々を送ることのできる組織をつくる。それを地域に広げていったらどうだろう」。その言葉に気持ちがかき立てられ、創業3年目を迎えていたWasshoi Labに、最初はパート社員として入社しました。

当社は「かっこいい、東北」をビジョンに据え、地方創生に向けた課題解決に取り組む会社です。現在、私は取締役専務として経営に携わりながら、人事や経理といったバックオフィス全般を担当しています。リソースが限られやすい地方の会社が、社会の構造的課題の解決に取り組むのは簡単なことではありません。ですが、だからこそワクワクするし、誇りを持って働くことができています。

バックオフィス担当としてやりがいになっているのは、「組織ができていく手触り」を得られることですね。私が入社したとき15名ほどだった従業員数も、今では、アルバイトさん含め約50名になりました。失敗したり、回り道をしたり、壁にぶつかってばかりですが、仲間とともに組織をつくる喜びを、入社時からずっと肌で感じています。

企業規模が小さいからこそ、社員と対話できることもやりがいのひとつです。その人が「どういう性質なのか」「どんな才能や願望を持っているのか」「働く中でどう変わってきたのか」など、一人ひとりを近くで見ていられるのは、キャリアコンサルタント時代には得られなかった喜びです。

とはいえ、仕事には難しさもあります。ひとつ例を挙げるとステークホルダーの多さ。「地方創生」に取り組む当社の事業は、多くの方との関わりの中で推進していきます。皆さんといかに認識を擦り合わせられるかが、事業成功の肝になります。無視していい声はひとつもありません。

大切にしているのは、「人間同士だから考え方は違うし、感情は変化するもの」という前提を持つことです。表面上は方向性が違っても、対話を深めていくとお互いの思いが重なる部分が出てくる。それが見えてくるまで諦めずに対話し続けています。次第に、「人間っておもしろい!」って思えることまであるんです。

人生の指針にしているのは「成熟」
悩んでいた自分を変えた「ある言葉」との出会い

社内の新年書き初め大会にて、毎年掲げる抱負は「成熟」

私が仕事において目標にしているのは、「成熟した人間になること」と「成熟した社会を創ること」です。「成熟」という言葉を指針にするようになったのは、あるふたつの言葉との出会いがきっかけでした。

ひとつめは高校生のとき、家族のことで悩んでいた時期でした。父の本棚に、あるジャーナリストのエッセイがあって、ふと手に取って読んだんです。その本の中に、「この世にあるのは、幸せな家庭か不幸せな家庭ではなく、成熟した家庭か未成熟の家庭である」というような言葉がありました。当時の私は「自分が幸せかどうか」を考えて落ち込んでいたのですが、人生って不幸な出来事もたくさんあって、それはいつでも起こり得るわけで。だったら私は「幸せか不幸せかではなくて、成熟しているかどうかを大切にしたい」と意識するようになりました。

もうひとつは、人材サービス会社で働き始めたころです。自分があくまで組織の中のひとりである現状に対して「私にしかできないことが、もっとほかにあるんじゃないか」と悩んでいたときに、精神科医である中井久夫さんの言葉を新聞記事で見かけました。

「人間の成熟とは『自分がおおぜいのなかの一人(ワン・オブ・ゼム)であり、同時にかけがえのない唯一の自己(ユニーク・アイ)である』という矛盾の上に安心して乗っかっておれることである」。

それを読んだとき、かけがえのない自分に対する肯定感と、自分が社会や組織という大勢の中のひとりにすぎないという葛藤って、矛盾してていいんだって。矛盾の上にどっしりと構えていることが、人としての成熟なんだという気づきをいただきました。

自分の大切な人のために時間を使いたい
これからも今の会社を選択し続けられるように

子どもたちが、信念を持って自由に生きていける社会の実現を願って

私は自分で選択してこの会社に入ったし、今いる仲間の多くも、私と対話したうえで入社してくれています。だからこれからも、私はWasshoi Labにいることを選択し続けたいと思っています。

そのためには、「選ばれ続ける理由」が会社には必要です。組織づくりや人材開発、財務経理といった自分が関わっている領域で、会社の価値の最大化を目指す。そうして会社の魅力を高め続けることが、自分にとっても、仲間たちにとっても、Wasshoi Labにいるための一助になると思うんです。

もちろん、私自身が成熟することも必須で、能力や覚悟、モチベーション、なんらかの要素が欠けてしまったら、この会社で仕事をし続けるのは難しくなります。そうならないよう、日々学び続けるだけでなく、健康面に気をつけたり、体力づくりに励んだりもしたいです。

キャリアに限らず、これからのことを考えると、家族でただただ笑って暮らしていられたら幸せですね(笑) 先日、会話の流れで次女から「こんな楽しい家族、もうつくれないじゃん」って言われたんです。そのときに、「そっか、この家族はみんなでつくってきたんだな」とハッとさせられて。これからも、家族みんなが毎日笑えるような家庭を築けていけたらと思います。

私の願いは、自分の人生が終わるときに「この社会は、2人の娘が自らの願望や信念に従って自由に生きていける社会だ」と思えることです。いまは私自身の時間を、その未来を実現させるために使っていきたいと思っています。

 

ライター

紺野天地

ライター、文筆家

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