システム開発企業の「対照的」なワーケーション2つの例
どこで?どうやって?
新しい働き方の一つとして注目されている、仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」。働き方の選択肢を増やす「新たな旅のスタイル」と位置づけ、政府も普及に向けてさまざまな取り組みを行っています。
今回は、2022年にワーケーションの実証実験を行った株式会社インテリジェント ウェイブの人事総務本部 総務部 部長の丸山陽子(まるやま・ようこ)さんに、ワーケーション導入の背景、導入前の準備、実施後の社員からの反響についてお話をうかがいました。
日本人の生活を陰で支える重要なシステム開発を担う同社が、ワーケーションで得たメリットとは?
「ワーク」と「ライフ」の拠点を一定期間移す意義
編集部:まず最初にインテリジェント ウェイブ(以下、IWI)はどのような会社なのか、教えてください。
丸山 陽子さん(以下、丸山):当社はクレジットカード決済における、ネットワーク接続・認証システムやカードの不正利用を検知するシステムなどを開発しています。本社は東京都ですが、北海道函館市にも事業所があり、約500人の社員の7割ほどが技術者です。
編集部:システム開発に携わる社員は重責を背負っているのではないでしょうか。
丸山:はい。技術者は24時間365日止めることができない、社会的に重要な決済インフラに携わっているので、常に重圧と隣り合わせです。不正検知の分野においては、「世の中の不正を止める」という責任感と正義感を持って開発に取り組んでいますし、不正の手口は刻々と変化しており、技術者はスキルをアップデートし続ける必要もあります。
編集部:かなり負荷の大きい業務なのですね。
丸山:そうですね。常にプレッシャーと隣り合わせの社員には、定期的な心と体のリフレッシュが必要です。当社はコロナ禍以降、リモートワークを取り入れていますが、都内のオフィスと自宅を往復する生活ではリフレッシュの機会を持つのが難しい、という現状がありました。
そうした中で、生活と仕事の場を一時的に変えることでリフレッシュをして、いろんな体験を社員にしてほしい、その体験を通じて人生や地域社会との関わり方について考えるきっかけを持ってほしいと考え、2022年にワーケーションの「実証実験」を企画しました。
編集部:「実験」ということは、試験的なニュアンスが漂いますが、取りかかりはどんな感じだったのでしょうか?
丸山:当社は「事業において最も重要な経営資源は人財」という考え方を重視しており、以前から社員の働きやすさと働きがいのためにさまざまな取り組みを講じてきました。新しい施策を導入しやすい社風もあり、トップも前向きだったので、ワーケーションをスムーズに実行することができました。
働く場所、挙手制と推薦制
2パターンの対照的なワーケーション実証
編集部:続いて、具体的な内容についてうかがっていきます。実施方法と参加者をどのように募ったのかを教えてください。
丸山:実証実験ということで、2パターンのケースを用意しました。
パターン1:地方の自社事業所を活用するパターン
パターン2:自社事業所がないリゾート地で実施するパターン
まず1つ目のパターンですが、2022年6月~9月に、北海道函館市にある当社の事業所を活用してワーケーションを実施しました。都内勤務の社員から挙手制で希望者を募り、最大1ヵ月まで働くことができるようにしました。
2つ目のパターンとしては、2022年秋期に自社オフィスのない沖縄県宮古島市で実施しました。こちらは、貢献度の高かった社員に対して報奨金つきの「インセンティブ」のような形で、推薦制で実施しました。期間は1週間程度です。
いずれも社内手続き的には「出張」の扱いで、滞在費や交通費を会社が負担しました。
編集部:場所の選定だけでなく、挙手制と推薦制という点でも、対照的な取り組みだったんですね。
函館市のケースはどのように進められたのでしょうか?
丸山:まずは、仕事ができる環境と宿泊する場所を準備しました。
函館事業所は当社の開発拠点ですので、すでに働く環境が整っていて、スペース的にも受け入れの余裕がありました。社内の情報システム担当の社員が事前に通信環境を整えることで、すぐに働ける環境をつくることができました。
宿泊する場所については、函館市役所の担当部署から紹介してもらったウイークリーマンションを利用しました。
社内では以前から「これから函館の拠点を活用していこう」「函館に貢献したい」という声が上がっていたので、実施場所として良い選択だったと思います。実施期間中は常時2~3人の社員が2週間~1ヵ月、函館に滞在していました。
編集部:自社オフィスの活用法として、とても有意義な取り組みですね。対して、自社オフィスのない宮古島を選択した理由と、どんな準備が必要だったかを教えてください。
丸山:美しい自然景観があって、1年を通じ温暖な環境で過ごせる点から、宮古島を選びました。
宮古島には自社オフィスがないので、検討の段階で、宮古島市役所 企画政策部 情報政策課に宿泊場所や働く場所について相談しました。丁寧に対応していただき、市が運営する宿泊所を紹介していただきました。
宮古島のワーケーションについては、社員に対するインセンティブ的な色合いが濃いので、社員には家族の帯同を推奨し、追加の旅費等を会社が支援することで、社員がよりリラックスしてワーケーションに参加できるように心がけました。
人・カルチャーが混ざり合う場所で
生産性も向上
編集部:ワーケーションを体験した社員からのリアクションは、いかがでしたか?
丸山:函館のケースでは、「これまで遠隔コミュニケーションをしてきたスタッフと対面で働くことができて、とても良い刺激になった」という声が、都内本社と函館事業所のスタッフ両方から聞かれました。
宿泊先で、地元の人と会食をしながら語り合うなど、新たな交流の機会もあったようです。今回の参加者は、若手の社員の比率が多かったので、函館で見るもの・働くこと・暮らすことが新鮮で「純粋に楽しかった」という感想が多かったですね。
宮古島のケースにつきましては、休日や終業後にレクリエーションも楽しみながら、リゾート地でゆったりとした時間を過ごすことができたようです。家族を帯同した社員もいました。
函館にも宮古島にも豊かな自然があり、観光やレジャーを楽しむことができるスポットが市内の随所にあります。普段、混雑した電車で通勤している本社の社員からは、退勤後や休日にリフレッシュすることができたという声も多くありました。
編集部:非日常の中で働くことで得られるメリットは多そうですね。実施期間中には本社から遠距離の場所で仕事をするわけですが、本社スタッフとのチームワークや仕事の効率に影響はありませんでしたか?
丸山:社員は、長期化するコロナ禍によってリモートワークに順応していました。当社の業種はリモートワークと親和性が高いので、コミュニケーションや業務配分などを含めて、都内で働く社員と連携してスムーズに業務を進めることができました。
編集部:はからずもコロナ禍の「リモートワーク慣れ」がワーケーションに一役買っていたんですね。今後も実施を予定していますか?
丸山:はい、7割以上の参加者から「自然や解放感によって休暇と仕事の両立ができて、生産性が向上した」という声が聞かれていて、今年度も実施予定です。現在内容を企画中です。
IWIが構想する「ワーケーション」を起点とした地方創生
編集部:「ワーク」と「ライフ」に良い刺激をもたらしてくれるワーケーションについて、関心がある企業も多いと思います。ひと言アドバイスをお願いできますか?
丸山:もし、ワーケーションに関心がある場合は、まずは「やってみる」ことをおすすめします。当社のように「実証実験」という形で行えばスムーズかもしれません。実際にやってみて多少想像と違うことがあっても社員のニーズと合わない部分や意見を収集して、より満足度の高い形に変えていけばいいのではないでしょうか。
ワーケーション先としては、支店・支社がある場所、余暇が充実しそうな場所、社員の出身地が集中している県など、いろんな選択肢があると思っています。当社の社員は日本海側出身者が多く「出身地の近くでやってほしい」という声も上がっています。
編集部:出身地の近くでワーケーションできたら、仕事のやりがいにもつながりそうです。今後ワーケーションの制度を通じて、どのような価値を生み出していきたいと考えていますか?
丸山:当社としては、ワーケーションを起点に滞在先の地域に貢献していくことも重視しています。
たとえば、当社の強みのひとつは「IT人財の育成」。函館事業所の社員も、函館で採用して育成していますが、2023年5月25日には、情報関連の教育を行うために函館高専と連携協定を締結しました。当社のエンジニアが情報関連の授業に参画することを予定しています。
また、2023年の5月に函館にて開催された当社の親会社である大日本印刷が主催する、学生向けのプログラミング開発コンテスト(学生ハッカソン2023 in はこだて)に協賛しました。テーマは「地域の社会課題をテクノロジーで解決する喜びを体験すること」。まさに方向性も合致しています。
漠然と「よさそうなこと」をするのではなく、当社の強みを生かすやり方で、ワーケーションを通じ、地方創生に寄与していけたらと思います。
【参考】
「地域の社会課題をテクノロジーで解決する喜びが体験できる学生ハッカソンを函館で開催」DNP 大日本印刷
ワーケーションのメリットとしてよく聞かれるのが、社員のリフレッシュや働き方改革に関することです。IWIのワーケーション事例の特色は、地方の事業所を活用している点。普段はリモートでコミュニケーションをしていた社員同士が同じ空間で仕事をすることで、互いのスキルや知識を交換する良い機会となったようです。2週間~1ヵ月という転勤未満・出張以上の期間、非日常の環境に身を置くことで、新たな気づきを得られそうですね。
プロフィール
丸山 陽子さん
株式会社インテリジェント ウェイブ 人事総務本部 総務部 部長
製品管理や品質保証を経て、現職に至る。総務業務全般を担当するほか、社内の風土改善や新しい働き方を検討する「IWIらしい新しい働き方プロジェクト」にも参画。
また、女性が働き続けられる職場の実現を目的に、女性社員同士で困っていることや感じている課題などを相談できる場として「Intelligent Women’s Wave (IWW)」の立ち上げおよび運営を実施。2児の母。
ライター