プロジェクトマネジメントは人生そのもの
不測事態と向き合い、前を向いて生きるヒント
みなさんは、「プロジェクトマネジメント」という言葉に対して、どんな印象を持ちますか?
ビジネスの場面で使われる管理手法というイメージが強く、日常生活ではなじみがないものという印象をもつ人も多いかもしれません。しかし、プロジェクトマネジメントは、私たちの人生にも深く通ずるものがあり、それは生涯にわたって学び続けることでもあります。
「プロジェクトマネジメントで多くの人を幸せにしたい」——そう語るのは、世界最大のプロジェクトマネジメント協会(PMI)の会員で、外資系物流企業において、長年プロジェクトマネージャーとして活躍してきた大森純子さんです。現在は認定NPO法人サービスグラントにて、企業協働プロボノプロジェクトの導入担当として、企業と支援先の橋渡し役を担っています。
出産・育児・介護の経験を経るなかで、プロジェクトマネジメントの考え方が「幸せに生きること」につながることに気付いたという大森さん。末期がんを患った母親の介護や子育てとキャリアの両立など、複数の役割を担った時にどのように優先順位を付けてやり遂げてきたのか…。人生の課題に直面した彼女を救ったプロジェクトマネジメントスキルや、自己との向き合い方についてうかがいました。
人生とはプロジェクトの連続である
編集部:プロジェクトマネージャーという言葉だけを聞くと、なんとなく「敷居が高い」というイメージが先行してしまいがちです。
大森純子さん(以下、敬称。大森):一言でたとえるなら「目的地に向かって船を漕ぐ船頭さん」のような役割です。一つのゴールに向かってたくさんの人と一緒に船を漕いでいくというイメージでしょうか。
編集部:なるほど。具体的に現場ではどのような役割を担っているのですか?
大森:プロジェクトはご存じのとおり、始まりと終わりがあり、やることが明確に決まっているものです。プロジェクトマネージャーは、どんなタスクが必要で、そのためにはどんなスキルを持った人が必要かといったところを洗い出し、メンバーをアサインしていきます。
各メンバーにタスクを割り当てたら、予定通りにタスクが進んでいるか、もし予定からずれたら、どのようにすればありたい姿にもっていけるかというチェンジマネジメントをしながら、ゴールに向かってみんなで一緒に進んでいけるようサポートしていく仕事です。
編集部:ざっくりと業務内容を聞いただけでも、私たちが日常生活や人生においても求められる要素がかなり含まれている気がします。家事・育児などにも役立つ考え方があるような…。
大森:そうなんです。人生とは視点を変えると「プロジェクトの連続」だと思っています。たとえば、結婚式も人生におけるプロジェクトの一つですよね。「いつまでに・どこでやる」みたいなことを決めて、自分自身で管理するという。出産に限ってはもちろん「産んでおしまい」というわけにはいかないのですが、育児という壮大なオペレーションの始まりともいえます。
編集部:確かにそうですね。「プロジェクトマネジメント」という言葉だけを聞くと難しい印象がありますが、多くの人が人生の中で自然と実践していることなのかもしれません。
大森:まさにそのとおりですね。実は私の母は5年前に末期がんで亡くなっているのですが、2年間は闘病生活を送っていました。そのときは、「これはまさにプロジェクトだ!」と自分を奮い立たせながら対応していた時期がありました。
編集部:お母様の介護の現場で、プロジェクトマネジメントの考え方はどのように影響したのでしょうか?
大森:介護や看護の現場でも、ビジネス同様に、いわゆるステークホルダー(※)のような人たちが多く存在します。病人である母であったり、彼女を支える父、夫や兄弟、医療関係者の皆さんだったり…。ステークホルダーと良い関係を気づいていくスキルは、ビジネスの場だけではなく、日々の生活においてもとても重要なものであると考えています。
さまざまな人が関わり合う中で、私は「プロジェクトマネージャーとしてこれをやるんだ」という娘としての使命感がありました。病気を治すというのは難しいけれど、トータルとして「母が幸せに人生を終える」という目的を目指していこうと。
ただ、仕事と違って、病気の親の介護となるとやりたいことがリストどおりにはできないことが多くて、優先度を見直す出来事はたくさんありました。「この治療をやろう」と決めたけれど、母が嫌だと言えば「じゃあ、仕方ない。やめよう」みたいなことですね。このプロジェクトのゴールは「母が幸せに人生を終える」こと。
看護する側もされる側も、なるべくみんなが苦しくならないような取捨選択をしながら、かつプランを時折変えながらゴールを目指していました。まさにプロジェクトマネジメントという感じで、職業病かなと思った節もあります(笑)。
(※)企業が活動する中で影響を受ける株主・経営者・従業員・顧客・取引先などの利害関係者のこと
出産・子育て・介護…生活者としての視点が「ビジネスの場」で生きる
編集部:お母様の介護を通して、プロジェクトマネージャーとしての視点が私生活の課題解決につながるという経験をされた中で、逆に、子育てなど私生活での経験が仕事に生きたと感じられた瞬間があればぜひ教えてください。
大森:やはり子育ての経験を通して、リスクに対する考え方が変わったように感じています。子育てを経験する前は、リスク管理の観点から、ちょっとでも危ないことになりそうだったら、いち早くその火を消そうと動いていました。
子育てをするようになってからは、「子どもが健康で元気に生きているだけでもういいや」と、ある意味割り切って考えられるようになりましたね。そういう視点を仕事でも持てるようになったことで、リスクを懸念してなんでもかんでもアラートを上げるのではなく、「こうなったら取り返しがつかない」というものだけに絞ってアラートを上げるという目線をもらえました。
編集部:ある意味、私生活での経験が仕事で生き、プロジェクトマネージャーとしての経験が私生活で生きるという相互作用をもたらしているようにみえます。
大森:確かにそうですね。子育てを通して、リスク管理の仕方も変わり、一緒に働くプロジェクトメンバーに対しても、家族がいて、お子さんがいて——という彼らの背景まで深くくみ取れるようになりました。
逆に、プロジェクトマネージャーとして不測事態に対応してきたことで、子育ての場面でも「計画通りにいかなくて当然」というマインドに切り替えることができているのかもしれません。
また、プロジェクトマネジメント協会(PMI)の女性コミュニティに参加しているのですが、先輩女性PMとして色々なキャリアや人生経験を積んでいるパワフルな女性たちと交流し、意見交換することでも視野が広がりましたし、自分らしいキャリアについて考えるきっかけにもなりました。
キャリアの扉は自らの手で閉めない
不完全な自分を受け入れてこそ見える世界がある
編集部:女性として、ライフステージの変化の中で得た視点は、ビジネスの場面でも大いに生かせるのだなと今回あらためて実感しています。とはいえ、多くの女性たちにとって大森さんが経験されてきたような「リーダー」という役割に身構えてしまうケースも少なくないかと思います。その点、大森さんからキャリアに足踏みする女性たちに何かアドバイスをお願いできますか。
大森:リーダーだからといって人より体力があって、24時間以上の時間があるわけじゃないというのは、男女問わず同じだと思っています。それこそ子育てしている方もいれば、持病がある方、両親の介護をしている方など、人はそれぞれの事情を抱えて生きています。
だからこそ、「女性だからこうあるべき」「リーダーだから強くあるべき」という世間のイメージを引き受ける必要もないですし、この船(プロジェクト)を沈没させたら私の責任だからこの舵を離してはいけないんだ、って思う必要もないと思っています。リーダーは舵取りではあるのですが、自分で舵を握れないときもあるんです。
そういうときは周りに頼るというのも一つの力だと思っています。もちろん自分自身がリーダーであることは変わらないけれど、一瞬だけでも「舵を取る手を支えてくれませんか?」と周りに頼ってもいいんです。
編集部:真面目さゆえに頼ることができず、女性側が「迷惑をかけたくない」という思いで本意を我慢したり、引いたりしてしまうケースも少なくないように思います。
大森:確かにそうですね。とはいえ、女性自身が「出産はディスアドバンテージだから」とか「子育てで何があるか分からないから」といって、先にキャリアの扉を閉じないでほしいなと思います。
私自身もチャレンジしたいことがあれば、「私はこういう条件だけど、それでもできますか?」と一番はじめに聞くようにしています。それでOKがもらえたならそのチャンスを取るべきだし、もしやってみてうまくいかなくても、そのときはぜひ周りに頼ってください。
編集部:いつも準備万端で、すべての条件がそろっている完璧な状態なんてないのかもしれませんね。
大森:はい。昔、上司に言われた印象的な言葉があるのですが、子どもが病気になったら会社を長期間休まないといけないと伝えたところ、彼は「長期間休まなければならないリスクは、別に子どもがいる人だけじゃないよ」と声をかけてくれたんです。
「メンタルの病気にかかる人もいれば、僕だって明日骨折したら入院しなきゃいけないし、みんな同じなんだよ」と。そのとき、「子どもがいるからって、特別仕事へのリスクが高いっていう考え方は違うよ」ってさらりと伝えてくれました。本当にそうだなと大切なことに気付かされたので、最後にこの言葉を皆さんにお届けしたいと思います。
編集部:すごく励まされる言葉ですね。大森さん、本日は素敵なお話をありがとうございました。
一見、日常生活とは程遠い印象の「プロジェクトマネジメント」が、私たちの暮らしや人生に役立つヒントを与えてくれることを教えてくれた今回の取材。大森さんいわく、プロジェクトマネジメントはフレームワークとしてさまざまな場面で応用できるといいます。小学校のPTA活動だったり、町内会の活動だったり——異なる価値観の人たちとコミュニケーションをはかり、協働しながら物事を進めていくスキルを身につけるためにも、プロジェクトマネジメントは一役買ってくれるように感じます。
プロフィール
大森 純子さん
認定NPO法人 サービスグラント
2003年日本女子大学人間社会学部卒業後、商社、メーカーでの経験を経て、外資系物流企業にて14年間プロジェクトマネジメント業務に従事。プロジェクトマネージャーとして新規倉庫業務立ち上げやシステム導入、事業継承等のプロジェクトをリードすると共に、PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)として、ガバナンスや社員教育も担当。2016年のプロボノ参加をきっかけに、2021年より認定NPO法人 サービスグラント入職。
【Project Management Institute (PMI) について 】
PMI は、世界における何百万人ものプロジェクト専門家とチェンジメーカーのコミュニティの成長を支える世界有数の専門職組織です。プロジェクトマネジメントの世界的権威として、人々のアイデアの実現に向けた支援を行います。PMIでは、グローバルアドボカシー、ネットワーキング、コラボレーション、研究、教育を通じて、組織や個人の働き方をより効率的にし、変化の激しい世界で成功を促進させます。
文・インタビュー:倉沢れい
ライター