ワーク・ライフ・バランスの先、
ワークとライフが統合された生き方を目指していこう
こんにちは。キャリアカウンセラーの小橋友美です。
今日のテーマは、「ライフ・キャリア・レインボー」というキャリア理論です。
最近、人生100年時代の働き方に役立つ理論として注目され始めたので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
私もライフ・キャリア・レインボーを知り、キャリアを柔軟に考えられるようになったひとりです。
今回は、ライフ・キャリア・レインボーを、私の実体験とともに紐解いていきたいと思います。
専業主婦はキャリアの終わり?
私は大学を卒業して銀行に就職しましたが、合併などもあって今後の働き方に迷い、10年勤めたところで辞めました。退職後に転職活動をしたのですが、結婚を控えており仕事と家庭の両立が不安でした。なかなかはっきりと希望の仕事が伝えられなかったためか、紹介会社のキャリアカウンセラーから
「専業主婦になっておもしろおかしく生きるのもいいじゃないですか」
と言われたのです。
この言葉に、やりきれなさを感じました。
仕事に疲れていた私を気遣ってくれたのかもしれませんが、どうせ仕事に全力投球しないんだからキャリアのことを考えたって意味ないでしょ、お気楽でいいよね、と言われたように感じたからです。
実は退職前にエネルギーを使い果たしていたため、「しばらく専業主婦になろうかな……」とも考えていました。一方で、「仕事で自分の力を発揮して評価されたい」という気持ちもあったのです。
「働きたい。でも……」という思いが頭の中をぐるぐる回っていました。
“でも”の後に続く言葉は人それぞれだと思いますが、自分がその立場になって初めて、専業主婦や仕事をお休みしている人の中にもこんな複雑な気持ちを抱えた人もいるんだと知ったところでした。
そのときはまだキャリアカウンセリングの仕事をすると決めていたわけではなかったのですが、仕事と家庭のバランスに悩む人のためのキャリア支援の必要性を感じました。
(その後キャリアカウンセリングの勉強をするなかで、先ほどのカウンセラーの発言はやはり適切ではなかったことがわかりました。)
ライフ・キャリア・レインボー
〜キャリアとは生涯にわたり果たしていく役割の組み合わせ〜
しばらくして、私がキャリアカウンセリングを学ぶなかで出会ったのが、「ライフ・キャリア・レインボー」という理論でした。
この理論を確立した米国のドナルド・E・スーパー博士は、キャリアを仕事だけでなく、家庭や余暇、社会的な活動なども含めた人生全般から捉える「ライフ・キャリア」という観点を初めてキャリア理論に導入しました。そして生涯にわたり人が果たすさまざまな役割の重なり合いを、虹のようなアーチ型で表現しました。
その上で
「キャリアとは、人生それぞれの時期で果たす役割の組み合わせである」
と提唱しました。
この理論の特徴は2つあります。
ひとつは、キャリア=仕事と捉えず、人生のさまざまな役割の組み合わせと定義したことです。
役割とは、
子供、学生、余暇人、市民、労働者、配偶者、家庭人、親、年金生活者
の9つです。
もうひとつの特徴は、キャリアは生涯発達するものという理論的枠組みを提示したことです。
キャリアとは仕事をしている期間の経歴ではなく、生涯にわたり繰り返されるさまざまな役割をめぐる選択と適応の過程である、と提唱したのです。
ライフ・キャリア・レインボーが示す未来
スーパー博士は、「仕事をしている人がキャリアを重ねている人」とは考えませんでした。「いま仕事をしているかどうかに関わらず、人は誰でも生涯キャリアを重ねている」という考え方をしていたのです。
スーパー博士の描いたライフ・キャリア・レインボーの図(上の図)を見ると、役割の配分はそのときどきで変化しています。
例えば、図に描かれた人生では、35歳前後で労働者の配分が減って市民と学生の配分が増えています。
一生を通して見ると労働者の配分は大きくなったり小さくなったり、ときには途切れたりしています。
私はこの図を見たとき、そうか、これがキャリアなんだな、と思いました。
キャリアカウンセラーになる前、私はキャリアについて仕事という階段を昇るようなイメージを持っていました。一段一段昇っていけばいつか頂上に着いて、「よくやった、これで人生安泰だ」と安心できる時が来ると思っていたのです。
でもキャリアはそんなに単純なものではないことを知りました。
会社を辞めたから私のキャリアは途切れたと思っていたけれど、キャリアは生涯をとおして発達していくもので、今も続いているしこれからも続くんだと思えるようになりました。
そして、会社を辞めたこと、家庭の時間を作ろうとしたこと、新しい仕事を始めようとしたこと、それぞれをキャリア選択のひとつと捉えるようになりました。生涯そうして自分で考えて選択することが大切なんだと気付かされました。
もうひとつ大きな学びとなったのが、ワーク・ライフ・バランスに対する考え方です。
ライフ・キャリア・レインボーを知り、仕事とプライベートは切り離せず、逆にお互いに影響し合っているという現実を改めて認識させられたのです。
仕事も家庭も自分の時間も大切に考えることは、仕事で成果を出すためにも、幸せな人生のためにも、当然のことだと背中を押してもらったような気持ちになりました。
こうした気付きを通して、私のキャリア観は変わりました。
仕事を継続するためには、いかに家事育児を効率的に済ませるかが大切、と考えていましたが、人生の一時期、仕事の配分を抑えて育児の配分を増やしてもいいなと思うようになりました。そしてそれが可能なフリーランスという仕事のスタイルを選びました。
仕事に没頭すること自体が悪いわけではありませんよね。ベンチャー企業経営者やスタートアップで働く人はそうならざるを得ないでしょうし、誰でも仕事に集中したいとき、例えば新人の頃や新しい仕事の担当になったときなど、タイミングもあるでしょう。
ただ将来のことは誰にもわかりません。家族の介護や自分の病気でこれまで通り仕事ができなくなったり、会社都合で退職ということもあるかもしれません。
そんな人生の転機を迎えたとき、「キャリアとは仕事だけではないこと、そして生涯発達していくもの」という考え方は、これまでの生き方から新しい生き方に移る後押しをしてくれるでしょう。
また、私のように一旦仕事を辞めた人や、キャリアが途切れることが怖くて仕事を変えられない、ちょっとお休みすることもできないと悩む人にとっても、現状から一歩踏み出して未来を変える勇気をくれると思います。
人生100年時代の働き方へのヒント
スーパー博士がライフ・キャリア・レインボーモデルを完成させたのは1990年代ですが、人生100年時代と言われるこれからの世界を予測していたかのように今の時代にマッチしています。それはこのモデルの根底にある「キャリアとは生涯を貫く自分らしさの表現である」という考え方が、キャリアの本質として認められるようになったからだと思います。
2017年に話題になった本、「LIFE SHIFT―100年時代の人生戦略-」で著者のリンダ・グラットン氏は、これからの時代を幸せに生きていくためには、自分のアイデンティティと価値観を人生にどう反映させるかを考えること、そして生涯にわたり人的ネットワークを作り、いつでも学び直し、健康を維持しながら変化に対してオープンな気持ちでいることが欠かせないと指摘しています。
そこにはかつてよく言われた「オン(仕事)とオフ(休み)の切り替え」のような概念はありません。仕事とプライベートが重なり合った領域で生み出されるさまざまな無形資産の可能性がたくさん紹介されています。
また、日本の組織・人事分野の権威の一人である慶應義塾大学大学院の高橋俊介教授は、仕事ばかり、あるいは家庭ばかりに専念することの危険性を指摘しており、
「今のような分業社会では、仕事ばかりやっていると仕事に必要な能力が身につかない」
と語っています。
これは、自分の職務経験だけを重視して仕事をしていると多様性を受け入れる感受性が低下し、結局は環境の変化についていけず仕事も人間関係も先細りするという指摘です。
さらにはワーキングマザーへのインタビュー調査を通じて、ワーキングマザーが獲得したスキル、例えば時間管理や人的ネットワークの構築、仕事を抱え込まない工夫などを明らかにし、仕事と家庭の両方があるからストレス解消ができる例なども紹介しています。
そして、これからは誰もがワーキングマザーの仕事術を学ぶべき、と主張しています。
このような最近の指摘からは、キャリア=仕事と捉え、仕事だけを人生の軸に据えることの危うさを感じさせます。
最近は、ワーク・ライフ・バランスを一歩進めて、「ワーク・ライフ・インテグレーション(統合)」という言葉も聞かれるようになりました。
これは、ワークとライフを対立したものと捉えず、お互いにいい影響が出るように人生を過ごす、という考えをよりはっきり打ち出した表現です。
こうした考え方は一時の流行ではありません。
スーパー博士はライフ・キャリア・レインボーモデルを長い年月の研究の末に完成させました。そして、仕事や家庭や自分の時間を統合して作り上げる生活の連続がキャリアを作っていくことを示し、そのなかに生涯を貫く自分のテーマのようなもの、つまり自分らしさが現れてくることを20年以上前から示唆していたのです。
仕事と家庭が分断されない社会へ
私は、会社を辞めてフリーランスになり、結婚・出産を経て、生き方はほんとうに人それぞれだなあと実感しました。人生のなかでは性別に関係なくいろいろなライフステージがあることもよくわかりました。私の周りを見渡しても、子育てが落ち着いて働き始めた友人もいるし、家庭をしっかり運営しながら趣味を仕事につなげた友人もいます。また、家族の時間のために転職や引っ越しをした友人もいます。
私自身、子どもが幼稚園に入るまでは母親と妻という役割を集中して果たそうと考えていて、仕事の時間は多くとっていません。でも将来は役割の配分を変えていくつもりです。
そんな生活をするなかで、「ママのキャリア」という仕事のテーマが見えてきました。もしもあのときキャリアカウンセラーの言葉のとおりに、私のキャリアはどうせ終わったのだから、と働くことから目を背けていたら、こんなアイデアは生まれなかったと思います。
同じように、仕事をお休みしたり家族の時間を過ごしたりしながら、自分のキャリアに思いを馳せている人はたくさんいるのだと思います。
みんなキャリアを重ねているのです。
ライフ・キャリア・レインボーに表現されたキャリア観が、いま仕事をしているかどうかに関わらず、自分や家族の幸せな生活のためにどう生きていこうかを考えるすべての人を励ましてくれることを願っています。
仕事とプライベートをうまく統合して、仕事で成果を出しながら自分や家庭の時間を大切にすることは、人生100年時代を生きる私たちの課題になりつつあります。
政府の働き方改革のもと、ここ数年でリモートワークやフレックスタイム、複業の推進など、仕事とプライベートの統合を後押しする働き方も徐々に認められるようになってきました。
政策は一時的なものかもしれませんが、そうした生き方・働き方は、一時的な流行ではなく、ライフ・キャリア・レインボーに表現されたキャリアの本質なのです。
かつての日本のようなプライベートを犠牲にしないと評価されない仕組みから卒業して、人生のどんな時期にいる人も、望めば仕事で力を発揮できて生活を楽しめる、そういう社会にしていきたいですね。
ライター