1人目は腰を据え専業で子育てをしたからこそ、2人目はワーママとして寄り添いたい

第2回目のMs.マフィスは高田麻衣子と20年来の友人でもある末吉美喜さん。人間工学を活用したWEBサービス開発という専門分野でお仕事をなさり、それに関連する書籍も執筆されています。小柄でとても細い体のどこからこんなエネルギーが湧いてくるのかとても不思議。5歳と1歳の女の子を育てるママです。

長い待機児童生活、ながら子育てに苦悩し、一度はきっぱり仕事を辞めた。

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高田お姉ちゃんが幼稚園に入るまで、どのようにして仕事をしてきました?

末吉(以下、敬称略)夫の会社の仕事をしていたり、自宅が仕事場だったりしたせいもあり、普通に保育園に入ることはできませんでした。
長い待機児童生活の間は、子供の急な病気などのリスクを考えると以前のように企業や大学での講師業を続けることはできませんでしたので、自宅で書籍や論文の執筆などしていました。
でも、娘が生後6ヶ月を過ぎるとどんどん動きだすし、アレルギーのため湿疹が体中に出来ていたせいもあり、痒くてお昼寝をしてくれない上に、少しでも目を離そうものなら酷くただれたお肌を掻きむしろうとするので四六時中娘から目が離せない…。結局、眠れずにグズっている娘を抱っこ紐で抱っこしてあやしながら、赤ペンを耳に挟み、締め切りに間に合わせるべく睡眠時間を削りながら仕事をする、という生活をしていました。

高田なんでそこまで頑張ろうと思った?

末吉やりたいと思ったことは全部やらないと気が済まないタイプだからですね。子どもがいても仕事を続けたい。子供を言い訳にして、仕事の手を抜きたくない。今まで通り、あれもこれもやってみたい。全部きちんと自分でやりたい。だからと言って、アレルギーで痛々しい状態の我が子を他の人に預けたり託児サービスを利用したりするのは気が引ける。なので、自分がただ頑張れば済む話だと思っていました。

高田一度、東京を離れた時期があったということですが?

末吉はい、それまでのながら子育てをやめようと決めたのは、東日本大震災が起こったことがきっかけでした。原発事故による放射能汚染が気になり、夫の故郷である九州に移住を計画したんです。
それまで何年も、待機児童の申請書を出し続けながら綱渡りの生活で仕事と育児を両立させてきましたが、次の生活が決まるまで、専業主婦として家庭と娘を守ろうときっぱりこころに決めたんです。
夫は仕事があったためすぐに東京を離れることができず、まずは私と娘で先に生活の基盤をつくろうと九州と私の実家のある神戸、東京を行き来する生活を1年程度続けました。ところが、娘がとにかく父親のことが好きで、離れた生活が長くなることですこし情緒が安定しなくなったんです。
結局、家族は一緒がいいね、ということになり東京に戻ってきましたが、その後も仕事には復帰しませんでした。やって出来なくはなかったと思いましたが、娘の人格を作り上げる一番大切な時期に母親としてやらなければならないこと、その優先順位を考えて、仕事はしないという選択をしました。

ほんとうは、仕事に未練があった

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高田何がきっかけで仕事を再開することにしましたか?

末吉麻衣子がマフィスを始めたこと(笑)。下の子が生まれて半年くらいの時に、久しぶりに会った麻衣子がこんな面白いものを作ってくれたと知り、自分の仕事欲がむくむくと動き始めたんです。きっぱりと離れたつもりだったけれど、仕事に未練があったのでしょうね。いつかは仕事に戻りたいし、論文も書き上げたいと思っていましたが、分野が専門的ということもあり、ブランクがどんどん長くなることに対して危機感を持っていました。
1人目は、遠く離れた親やシッターサービスなどに頼ることなく5年間じっくり自分で子育てをして、長女は来年いよいよ小学生。自分の子が生まれるまでは子供が大の苦手でしたし、家事が不得意な私が、よく専業主婦として5年間やり遂げたという自負がありました。だからこそ、2人目は、1人目とは違うやり方で子育てをしてみたい。でも完全母乳は譲りたくない。だからマフィスは娘の気配を感じながら、自分の時間を確保できる、ベストな空間だと思ったんです。

インプットとアウトプットのバランスが良くなったことで仕事脳が戻ってきた

高田まだ、デスクに向かう時間としては制限がありそうですが、実際のところどう?

末吉まだ、週に2日ほどしかマフィスには来れていないけれども、こちらを利用させていただくことによって、残りの5日間が劇的に変化しました。あらゆる点でバランスが良くなったような。
例えば、脳の大きな使い方として、この5年間は毎日がインプットの連続だったように思います。子育てや、これまた苦手意識のあった家事に正面から向き合ったことからも沢山のインプットが得られたことは大きな収穫でした。今まで動いていなかった部分の脳を使った感覚ですね(笑)。でも、アウトプットの時間や機会が不足していました。
仕事をやめる前までは講師業や執筆などで出来ていたアウトプットがプツッと途切れ、インプットとアウトプットがバランスを欠いているような感じでした。これは個人的にストレスのたまる状態なんです。
それが、マフィスのおかげで集中してアウトプットの時間を確保できるようになってからというもの、自分の中でのバランスが良くなったと実感しています。
とは言え、マフィスを利用できる日は長女の幼稚園の迎えが遅い日に限られていますし、迎えの時間に遅れないためにはマフィス滞在時間は5時間が限界なので、いつも、「あとちょっとやりたいのにな…」と、消化不良のまま帰り支度をしているんですよ。
でも、かえってそれが良い効果を生み出してもいて、料理をしているときや、運転中など、生活のほかの時間に、仕事のアイデアがどんどん出てくるんです。アウトプットの脳のスイッチが入り、インプットとアウトプットのバランスが良くなったことで仕事脳が戻ってきたんだなと実感しています。出てきたアイデアはメモに書き留めておいて、マフィスでまとめて形にしています。
夫や子供たちにしわ寄せがないかたちで、生活を組み替えることができてとてもよかったです。

苦手意識のあった家事や育児に正面から向き合った専業主婦の経験を糧にして、人が心地よく生活するためのWEBサービスを開発したい

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高田これからどんな仕事をしていきたいですか?

末吉人間工学や認知心理学、統計学は、一見するととてもお堅くて難しいものと捉えられがち。でも実はとても人間の生活に寄り添った分野の学問です。UX(User Experience)やHCD(Human Centered Design)はコンピュータの世界や特定のプロダクトに限られたものではなく、あらゆる人々の身近にあって然るべきものです。これらの知識と、家事や子育てに対して当初は苦手意識を持っていながらも専業主婦として正面から向き合うことによって得られた経験を活かしながら、WEBサービスで人々の生活を豊かにしたり、生活の中の課題解決をしていけるような仕組みづくりをしていきたいです。例えば、COOKPADのようなサービス、というとイメージしやすいかな?
自分がいくら稼ぎたいというより、自分がどれだけの収益を生み出すサービスを組み立てることができるか、というところにフォーカスしながら仕事をしていきたいです。

と言いつつ、当面の仕事としては、長女を妊娠している間に夫との協業で仕上げた『EXCELビジネス統計分析』の書籍の内容を発展させてWEBマガジンを立ち上げることや、初版から12年が経過した共著書『Excelで学ぶ回帰分析入門』などの見直しをしているところなので、これらの写真も撮っておいてね(笑)。

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Maffice高田麻衣子の「こどもの近くでワーママライフ」

高田麻衣子

高田麻衣子

オクシイ株式会社代表取締役。1977年生まれ。大阪市立大学卒業後、不動産デベロッパーなど数社で不動産廻りのフロントからバックオフィスまで全般的な業務に従事。プライベートでは1男1女の母。多くの女性に、子育ても仕事も自分らしく欲張りに楽しんでもらいたいとの思いから、2014年に独立し、世田谷区内に保育サービス付きシェアオフィス「Maffice馬事公苑」を開業。

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