2023年に生まれた子どもの数は75万8631人で8年連続で減り、過去最少となりました(※)。想定を上回るスピードで少子化が進んでおり、深刻度が増しています。不妊治療が保険適用になるなど政府も対策を講じており、不妊治療への関心の高まりとともに、不妊治療へ踏み切るカップルも増加傾向にあると推測されます。そんな中、制度や福利厚生を見直し自主的に“少子化対策”に乗り出す民間企業が増えてきています。
(※)厚生労働省 人口動向調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html
不妊治療をきっかけに退職・転職する人も
不妊治療が保険適用となったのは2022年4月のことです。保険適用になったことで金銭的にも精神的にも病院を受診するハードルが下がり、通院を検討するようになった方は増えています。
しかし、不妊治療は排卵や生理のタイミングに合わせて通院する必要があることもあり、前持った通院計画が立てづらく、依然として仕事との両立が難しいと言われています。現に不妊治療当事者を支援するNPO法人Fineの調査(※)によれば、仕事と不妊や不育症治療の両立が困難で「退職」を選んだ人は39%、「転職」は16%と、最終的には退職や転職を考える人も決して少なくありません。
さらに、退職を選択した人の職場の86%は不妊治療をサポートする制度がなかったとのこと。社員のライフプランを尊重した制度を導入することは、優秀な人材を流出させない、またそれを魅力に感じる人材の獲得にもつながるのは間違いありません。
(※)NPO法人Fine「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート 2023」
https://j-fine.jp/prs/prs/fineprs_ryoritsu-anketo_2023.pdf
民間企業が独自に進める“少子化対策”
そうはいっても、妊娠・出産を希望する従業員には実際どのような制度や福利厚生を設けるのが良いのでしょうか?実際に導入している企業の事例を見てみます。
不妊治療費用補助
不妊治療者への企業のサポートと言えば、これまでは休暇制度や休職制度や在宅勤務制度の充実による通院のしやすさの後押しが中心でした。最近では不妊治療費用への補助を導入する企業も出てきています。
スペースを貸し借りできるプラットフォームを運営する株式会社スペースマーケットでは「高度不妊治療(体外受精、顕微受精)を対象に年間10万円を補助」する制度をスタートさせました。高度不妊治療は保険適用でも20万円ほどはかかると言われています。自費に比べれば手は届きやすくなったとはいえ依然として高額であることには変わりありません。さらにベビーシッター補助などの制度も充実しており、出産後も継続して働ける環境づくりを進める姿勢を積極的に見せています。
卵子凍結費用補助
健康な女性が将来の妊娠・出産に備えて行う卵子凍結についても、芸能人が利用を公表したことなどから不妊治療の一環として認知度が高まり、広がっています。現時点で卵子凍結には保険適用はなく、自費診療で受ける必要があります。費用は医療機関により異なるものの、一般的には数十万円からと言われており、決して少ない金額ではありません。
伊藤忠商事は海外駐在期間中の「卵子凍結保管費用」を会社が負担する制度を発表しました。異動、特に海外転勤は本人だけでなく家族の人生をも大きく左右するもの。転職サイト「Re就活」の調査(※)によれば、転勤のない企業を希望する20代は8割に迫ることがわかっており、ライフプランとの兼ね合いから転勤は敬遠されがちになってきました。そこで、従業員が安心して海外駐在にチャレンジできるよう後押ししています。さらに伊藤忠商事では海外駐在中に発生する不妊治療費についても一部会社負担とすることを発表しています。
またフリマアプリを運営するメルカリでは、卵子凍結支援制度として「卵巣刺激、採卵、麻酔、凍結保存、凍結卵子融解、凍結保存延長、検査など卵子凍結に関する費用」を、200万円/子を上限として補助しています。特徴的なのは社員だけでなくパートナーも対象であること。メルカリは「幅広く選択肢を提供することで多様な働き方の実現を目指す」としています。
(※)「Re就活」アンケート調査
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000879.000013485.html
「プレコンセプションケア」セミナー
東京海上ホールディングスは、全社員を対象とした「プレコンセプションケア」のオンラインセミナーを開催しています。プレコンセプションとは、「Pre=~の前の」「Conception=妊娠」を意味する言葉で、将来の妊娠を考えながら生活や健康と向き合い、ヘルスリテラシーを上げていくこと。妊娠を具体的に考える前からあらかじめ身体のことを知り、将来のライフプランを考えて日々の生活や健康と向き合っていこうという考えです。
東京海上ホールディングスでは不妊治療に関する社員からの健康相談が増加したことからセミナー開催に至ったと言います。不妊で悩む社員を減らすには知識をつけること。セミナーはまず身体や健康について知り、キャリアだけではないライフプランについても考えながら働き続けることを社員自身が検討するいいきっかけになります。
(参考記事)もっと早く知りたかった! 妊よう力(妊娠力)やヘルスリテラシーそのものを上げる、プレコンセプションケアとは
https://laxic.me/2019/07/vol132
「いつか、子どもを。プレコンセプションケアって何?」10代〜40代の男女で妊娠・出産・育児を考えてみた
https://laxic.me/2019/12/l_212
いずれの企業も従業員のライフイベントに柔軟に対応した制度設計を行うことで、従業員の生産性やモチベーションを向上させ、長期的に働ける会社であることをアピールしています。
当事者が求める「理解」
企業が趣向を凝らして制度設計を進める中、不妊治療を経験する当事者にはどのように受け入れられているのでしょうか。保険適用を受けて、仕事をしながら不妊治療を経験した方にお話を伺いました。
「保険適用になる前から検査通院はしていました。でも体外受精に進むには医療費が高額であることと、本当にそうまでして子どもが欲しいのだろうか?という気持ちの葛藤があり、治療には踏み切れませんでした。保険適用になったことをきっかけに本格的な治療に進むことを決意したので、さらに会社からの金銭的な補助があれば非常にありがたいと思いますね」
彼女の職場では不妊治療への費用補助や休職制度などは今のところないと言います。しかし理由を問わずリモート勤務が可能であったことから通院の調整はしやすかったそうです。
「個人的には上司が不妊治療の経験者で知識的な面で理解があったのがとても助かりました。『なぜ休みが計画できないのか』といった業務に直結することも説明する必要がないですし、何より、例えば『採卵し体外受精したものの、ひとつも受精しなかったのでまた誘発からやります』みたいな話って、知識がないとどれほどの絶望か、なんてわからないじゃないですか。当然スケジュール感もわかってもらえます。私の場合は治療がうまくいかずメンタルもやられて詳細説明する気力もなかったので、言わずともわかってもらえるのは本当にありがたかったです。別に会社の人に話す必要はないのですが、私の場合は理由を話す方が仕事を調整しやすかったので」
NPO法人Fineの調査によれば、職場で「不妊や不育症治療をしている」ということを周囲に話しづらく感じている人は81%にものぼるとしています。その理由としては「不妊や不育症であることを伝えたくない」(68%)、「妊娠しなかった時、職場にいづらくなりそう」(57%)に次いで、「不妊や不育症治療に対する理解が少なく、話してもわかってもらえなさそう」(51%)が第3位にあがっています。
本人が言いたくないのを無理に話させる必要はもちろんありません。ですが、話をしてくれた彼女のように「わかってもらえる」という前提があればスケジュール観含めて共有しやすく、相談もしやすい職場環境を整えることができると言えそうです。
(※)NPO法人Fine「仕事と不妊治療の両立に関するアンケート 2023」
https://j-fine.jp/prs/prs/fineprs_ryoritsu-anketo_2023.pdf
ダイバーシティ&インクルージョンに向けて
一方的に「不妊治療をしている人の気持ちを理解しろ!」と声をあげるのはナンセンス。今回は民間企業の少子化対策を軸にご紹介していますが、企業がこうした動きを見せるのは、そもそも従業員の多様性を認め様々な人材を活用することで組織としての成長を推進しようという、ダイバーシティ&インクルージョンの一環から。子どもを持つことを希望するかどうかはあくまで選択肢のひとつであり、いろいろな事情を抱えながらも一人ひとりの社員が能力を発揮しながら自分らしく長期的に活躍できる職場環境の実現を目指すことを目的に、人事制度や福利厚生を設計することが今求められています。
ライター