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2016.03.18 2023/05/31

ママの声で政治は動く!区政を変え続けてきた港区議員・清家さんに「行動することの大切さ」を学ぶ

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ママの声で政治は動く!区政を変え続けてきた港区議員・清家さんに「行動することの大切さ」を学ぶ

「保育園入れない!なにが1億総活躍社会だ!」なんて声が少し前にネット上を席巻しました。たしかに、保育園にどんどん入りにくくなっている都市部の実情は嘆きたくもなります。しかし、国や地方自治体が保育園問題解決のために動いていないかというとそうではありません。実は5年程前、待機児童率が東京23区中ワースト1だった自治体が東京都港区でした。それが今では、待機児童30人(平成27年時点)にまで大幅に改善されています。港区の待機児童解消に向けて、活動し続けているのが港区議会議員の清家あいさん。清家さんは、自らのお子さんが幼稚園に入れなかったことをきっかけに「港区ママの会」を結成し、同世代のママ層の要望を聞いていく上で、自ら女性や子どもたちのために立ち上がる必要性を感じ、2011年に港区議会議員選挙に出馬して当選。その後も、待機児童や教育政策の改善に行政や議会との連携を図りながらどんどん実現させています。今回は清家さんに、港区で実現できたことと、声をあげることの大切さ、そしてご自身の子育てについて伺いました。

ママの声を集めて政策提言をしていくうちに
「女性や子ども達のために立ち上がろう」と思った

int32_1宮﨑清家さんが新聞記者を辞めようと思った理由は?

清家さん(以下、敬称略)新聞記者は出産前に辞めています。私は新聞記者になることが夢で、天職だと思っていたんですね。地方勤務を経て東京の社会部に在籍し、計7年程在籍しました。新聞記者特有の泊まり、朝駆け、なども普通にやっていましたし、結婚をした後も、夫が寝た後に帰宅し、起きる前に出勤することもよくありました。仕事が好きで、辞めたいと思ったことはなかったのですが、「子どもをどうするか」ということを考えたとき、どうやって新聞記者という仕事を続けていったらいいのか悩んだんです。子どもを産みながら独身時代と同じように働いている人もいましたし、仕事を抑えながら働いている人もいました。ただどちらの形も、私には想像がつきませんでした。子育てはやり直しがきかないもの。悩んだ末に、断腸の思いで新聞記者を辞めました。そして、フリーランスになって働いていた時に、子どもができたんですね。

そして働こうと思ったら、お子様が保育園に入れないという事態が起きたんですね。

清家当時、港区は東京23区の中で待機児童率が高い区だったんです。フリーランスは永久に入れませんよ、と言われてしまうくらいでした。こんな状況なら仕方ないと思い、3歳になって幼稚園に入れた後で働こう、と思っていたんです。ところが子どもが3歳になって、いざ幼稚園に入れると思ったら本当に激戦で。幼稚園浪人まで出てしまうくらいでした。遊んでいるところの行動観察と面接だけで、合否が決まってしまうわけですから、落ちてしまった親子はものすごくショックなわけです。こんな状況はおかしい!と思い、まずは「港区ママの会」を立ち上げました。元々記者だったので、役所へ取材に行くことは多かったのですが、個人だと聞いてくれない。だから、まずは団体を立ち上げることにしたんです。そうして、現場のママの声を集めて行政に政策提言する、という活動を続けているうちに、最初1人ではじめた「港区ママの会」にはどんどん仲間が集まり、200名以上になりました。本当に困っている人たちの声を沢山聞いていく中で、自分のキャリアを活かして女性や子どもたちのために立ち上がりたいと、2011年4月に港区議会議員選挙に出馬したのです。選挙について誰も知っている人がいないので、家族と友人に協力してもらった手作り感満載の選挙でしたね。

ママの声で区政は動く!
変わらないのは仕方ないと「諦めている」ことも自治体は知らない

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宮﨑実際、議員になってからはどんなことを?

清家議員になったのは、311の直後で、放射能問題をどうにかして欲しいと言う声が多くて、すごい数の署名が集まりました。最初は1つもできないという回答だったのですが、最終的には要望の全てに対応してくれることになったんです。まさに、ママの声で区政が動いた瞬間でしたね。

次に「区立幼稚園の3年保育化拡大」に取り組みました。署名を集めるにしても、直筆じゃなきゃダメとかFAXではダメなどいろいろな制約はあったのですが、港区ママの会を中心にみんなが雨の日でも児童館の前で署名を集めるなどすごく頑張ってくれて、1週間で800名程の署名が集まり、結果として議会では全会一致で採択されたんです。

他に議員になられてから、変えたことは?

清家保育園に入園できなかった多くの保護者たちの入園相談にのっているのですが、入園審査で同ポイントだと世帯年収が高い人が保育園に入れなくなるんですね。「自分たちは頑張って努力してきて、高収入高キャリアになってきているのに、そのために子どもに保育の機会を与えられないのはどういうことだ」と多くの人に言われました。そこで「東京港区に保育園を増やす会」の陳情活動をサポートしました。翌年には「港区史上最大の定員拡大」が実現し、待機児童数は平成26年で45人にまで減りました
また、学童クラブに対する要望が多く集まっていたので、皆さんを集めて話し合いをし、開所時間の拡大や定員拡大、入会基準の見直し、小学校内の学童クラブ設置などを求めた陳情を議会・区・教育委員会宛に提出して、多くが改善されています。今後は学童クラブのケータリングサービスなども推進していきたいなと思っています。
その他、障がい児保育の拡大などにも取り組んでいます。保育園にいる看護士さんはスキルがあるのに、そのスキルを使えておらず、医療的ケアができない現状があります。川崎市などでは、公立保育園の看護士さんに病院で現場研修の機会を設けて、保育園でも医療的ケアができるような取り組みを始めているので、港区でも検討してほしいと要望しています。

まさに駆け込み寺ですね。そういう声はどんな手段でくるんですか?

清家メールやブログ内のコメントから来ることが多いですね。きちんとお返事していると、実際会いに来てくれたりします。

陳情などの署名は今も直筆じゃないとダメなんでしょうか?

清家そうなんです。電子署名に変えて欲しいとずっと言っているのですが、まだできていません。どちらにしても数は大事で、要望がみんなの声であり現場の声であるということを伝えていくことが大切ですね。

「私1人が言っても仕方ないな」と諦めている人も多い気がするのですが、「子育て世代にもっと声をあげて欲しい」という思いはありますか?

清家ご意見を頂けることは、私にとって財産なんです。役所側から、理路整然としているような説明を受けることは多いのですが、それが現場の声を反映していないことも多々あります。現場の声を知っているからこそ、問題が分かり動かせるので、実際の声を聞く機会はとてもありがたいです。そして、声は絶対あげた方がいいです。

「しょうがないな」と諦めてしまっている人も多いかもしれませんね。

清家その「諦めている」というのを役所は知らなかったりするんですよ。港区はお母さんたちが、子連れで議会にしょっちゅう来てくれたんですね。何人ものお母さんたちが議会に来ることで、普通の人たちが抱えている問題だなと認識してくれた部分はあると思います。本当はそんなことをしなくても、議会を動かせるようなシステムであるべきなんですけどね。港区は区長が子育て支援の充実に力を入れているので、陳情がどんどん実現してきています。来年度からは、訪問型病児・病後児保育に小学校6年生まで助成が入り、認可外保育にも補助が入り、学童保育の入退出時のIC化も実現することになりました。保育料の第2子以降無料化なども実現しています。港区は現在、出生率が23区内で1位なのですが、制度が充実してきたことの現れなのかもしれません。

核家族にも“たくさんの手がある”環境の支援を

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宮﨑区議会議員選挙に出ることを決めた時の旦那さんの反応や、子育てと仕事の両立について聞かせて下さい。

清家新聞記者よりも忙しくないと私が説得したことと、政治の話をお互いにすることが好きだったので、応援してくれましたね。ただ、忙しすぎて「公約違反だ」と言われましたけど(笑)。忙しかった分、イクメンになってくれました。

またお互いに実家が近いので、パパ、おばあちゃん、妹など家族総動員で子育てをしている状況です。1人の子どもを育てるのに私のように、周りの手が多くある環境はそれほどなくて、港区は未就学の子を持つ家庭の9割くらいが核家族なんです。こんなに手があっても回らないのに、1人でやっている人の大変さを思うと、たくさんの手があるくらいの支援をしてあげたいと思っています。

両立するために、大切にしていることはありますか?

清家子育て期間は、親子共々「今」がとても大切で、人生に大きな影響がある時期だと思っています。だからこそ子育て層の相談に対しては、見過ごしたくないという気持ちが大きく働き、私もすごく熱心になってしまいます。だからこそ意識的に子どもと向き合う時間を作らなければ、と思っています。

今は港区議会議員として、数々の問題を提起し、港区の行政に変革を起こしている清家さん。そんな清家さんの最初のスタートは、自ら1人で立ち上げた「港区ママの会」でした。声をあげても変わらない…、とどこかで思ってしまっていませんか。でも、声をあげないとやはり伝わらないのです。「声をあげること」「行動すること」の大切さを改めて清家さんに教えて頂きました。

プロフィール

清家 あいさん

港区議員

港区東麻布生まれ。青山学院大学国際政治経済学部、国際政治学科卒業(現代ロシア論・袴田茂樹ゼミ)。産経新聞の記者として7年、主に社会部で事件、行政取材を担当

結婚・出産と仕事の両立に悩み、退社。フリーランスになるも、待機児童のため西麻布で子育てに専念。保育園にも幼稚園にも入れない港区の現状はおかしい!と、ブログ上で現場の声を集め、行政に提言する「港区ママの会」( http://ameblo.jp/aizeye/ )発足。
2011年4月、港区議会議員選挙5位初当選。2015年4月、同選挙でトップ当選。民主党。港区議会「みなと政策会議」幹事長。地方政治での活動実績に贈られる「2014年度 マニフェスト大賞/ネット選挙・コミュニケーション戦略賞 最優秀賞」受賞。( http://www.local-manifesto.jp/manifestoaward/ )

文・インタビュー:宮﨑 晴美

ライター

ラシク 編集部


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